◆疑惑の火消しに焦る小池都知事から来たメール
◆「カイロ大学声明」を書いたのは日本人の元ジャーナリスト
◆「その手は思いつかなかったわ」と都知事は喜んだ
◆工作を補佐した最側近は千代田区長に就任
「相談したいことがあるの」
その日、東京都知事の小池百合子さんから呼び出されました。向かった先は、都庁近くの新宿のオフィスビルの一室。彼女が創設した都民ファーストの会が、事務所として借りていた部屋でした。
「いったい、何だろう」
そう思いながら、足を運びました。
部屋に入り小池さんをひと目見て、非常に驚きました。憔悴し、途方に暮れた表情をしていたからです。長い付き合いですが、彼女のそんな姿を見るのは初めてでした。小池さんは沈んだ声で、こう切り出しました。
「困っているのよ……」
2020年6月6日夕刻。当時の手帳で確認しましたが、4年前の都知事選の直前です。それが、すべての始まりでした。
小島敏郎氏は東大法学部を出て、1973年に環境庁に入庁。キャリア官僚として、環境基本法の成立や京都議定書目標達成計画の策定を主導した。2005年に次官級ポストの環境省地球環境審議官に就任し、洞爺湖サミットを最後に退官。その後、青山学院大教授となり、弁護士としても活動している。
都政に関わるようになったのは16年、小池氏が都知事になる頃だ。彼女が環境大臣時代に「クールビズ」を共に推進した縁もあり、築地市場移転問題を中心に政策を提案。小池氏の都知事就任後は特別顧問に就いた。17年の都議選で都民ファから55人の都議が誕生してからは、同党の東京都議団政務調査会事務総長を務め、小池氏の「側近」と呼ばれていた。
『女帝』発売で揺らいだ再選
築地移転が話題になっている時は、小池さんと頻繁に顔を合わせていましたが、都民ファの事務総長に就いてからは、会う機会も少なくなっていました。でも、困った時には電話がくる。6月6日もそうでした。
彼女はうろたえていました。原因は、ノンフィクション作家の石井妙子さんの著書『女帝 小池百合子』です。5月下旬頃から書店に並び、瞬く間にベストセラーになっていた。小池さんの半生が描かれていますが、話題を集めていたのが彼女のカイロ大学卒業の経歴を「虚偽である」と指摘している点でした。
当時、コロナ禍で小池さんはテレビに登場し、安倍晋三総理に先んじて記者会見をしてはフリップを掲げ、「ロックダウン」「三密」などのフレーズを繰り出し、自分を盛んにアピールしていました。
国に先駆けて休業者への協力金も決定、10億近い都税をつぎ込み、CMも沢山打った。コロナ禍でのメディア露出は選挙対策に効果があると知っていたからです。7月の都知事選での再選は間違いないと言われていた。それが『女帝』の出版により、揺らいだのです。
小池都知事を告発する小島氏のインタビュー動画
「国立カイロ大学卒業」という看板は、小池氏の人生に決定的な影響を与えた。最初にメディアに紹介されたのは1976年。「カイロ大学を日本人女性として初めて卒業した」という触れ込みだった。テレビキャスターを経て、92年の参院選に日本新党から出馬し、国会議員になった小池氏。だが、当選直後から学歴詐称の噂は絶えなかった。そのため彼女は週刊誌で大学の卒業証書を提示して事実無根だと反論した。2002年には自民党に移り、環境大臣・防衛大臣を歴任して権力の階段を駆け上がる。16年の都知事選出馬の際には懇意にしていたフジテレビの『とくダネ!』に卒業証書を貸し出し、疑惑の払拭に努めた。その後、圧勝して都知事になるが、依然として疑惑はくすぶり続けていた。
そうした中で20年、『女帝』が出版される。同書では小池氏とカイロで同居していた北原百代氏が「彼女は卒業していないのに、卒業したことにしてしまった」ことを詳細に証言。小池氏が卒業の根拠とする卒業証書や卒業証明書の疑問点、小池氏が自著『振り袖、ピラミッドを登る』で、留年したと記しながらも、4年で首席卒業したとする矛盾点も指摘。疑惑の真相を初めて明らかにした。
17年の都議会議員選挙で、都議会自民党は都民ファに歴史的大敗を喫しました。自民党都議は多くの仲間を失い、小池さんに対して恨みを抱いていた。そのため、彼らは議会で、厳しく学歴詐称疑惑を追及するようになりました。
小池さんは懇意にしている自民党の二階俊博幹事長(当時)に、都議会自民党をなんとかして欲しいと頼んでいました。しかし、それでも追及は止まらず、『女帝』の発売を受け、都議会最終日の6月10日には、「小池都知事のカイロ大学卒業証書・卒業証明書の提出に関する決議」を提出する流れになった。都議会自民党の若手が、小池さんの対抗馬として都知事選に立候補する動きもありました。
学歴詐称の疑惑を払拭しなければ、小池さんは出馬宣言ができない状況でした。彼女にとって政治生命の危機だった。困り果てて6月6日に私を呼び出したのです。都知事選は7月5日に迫っていました。
「卒業はしているんですよね?」
小池さんは私にこう言いました。
「カイロ大学の件で困っているんだけれど、ここにカイロ大学学長から来た私宛の手紙があるの。文中、私のことを卒業生だと書いてある。これを見せることで決着しないかしら」
見せられたのは、カイロ大学学長からの、イベントへの招待状でした。日付は5月31日。英文で「1972年10月にカイロ大学文学部社会学科へ入学、4年間の学業を修め、1976年10月に卒業した小池百合子氏を、12月21日にカイロ大学で行う『サイエンス・デイ』に招きたい」旨が記されていました。
今、手元にある文章を読むと、なぜ招待状にわざわざ入学と卒業の年月が入っているのか、不自然だと気付きます。ですが、その時は何とも思いませんでした。
小池さんは私に「この招待状を公表すれば、学歴詐称疑惑を払拭できると思うか?」と聞いてきたわけです。
私は、なぜ自分が卒業していることを証明するために、こんな招待状を使うのだろうかと不思議に思い、小池さんに聞きました。
「卒業はしているんですよね?」
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