小池百合子「女帝」の最後の切り札

石井 妙子 ノンフィクション作家
ニュース 政治
人気を取り戻すためなら、どんな手段を使っても……

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この非常時に、こういったくだらない「政策」が出され、税金や都庁職員の労力が割かれていく。小池知事は思い付きで、遊びのようなコロナ対策を次々と繰り出し続けている
▶彼女の関心は常に「幹」ではなく「枝」のほうに行く。本当に大事な、深刻な問題には目を向けず、枝の先のことで奇をてらおうとする
▶今、コロナという災厄で彼女の実力や実態がバレつつある。100年に1度の疫病に彼女の手品は通じなかった
石井妙子氏
 
石井氏

小池都知事にとっての「政策」

「これバーチャル背景画像、これ無料で、壁紙です。東京の色々なシーンがございますので、(略)ぜひご活用いただきたいと思います」

 5月21日の記者会見で小池百合子都知事が発表したのは、「ステイホームのためのバーチャル背景画像の提供」でした。

 パンダのシンシン、レインボーブリッジ、都電おもいで広場……こうした東京の名所の写真をパソコンの背景画面に使えば、テレワークも「楽しみながら」「生産性を上げていく」ことができると小池さんは語りました。

 緊急事態宣言下で、何をいまさらテレワークの背景画像なんて……と思う人がほとんどでしょう。明らかにズレている。でも小池さんにとって、これは立派な「政策」なのです。この日の会見で、おそらくいちばん力をいれて準備した。いかにも小池さんらしい発想です。

 ほとんどの人は忘れていると思いますが、昨年12月11日には、「お正月用のウィズコロナ東京かるた」というのも発表しました。

「あいしてる 家族のために距離をあけ」「いい子だね おうちで学び遊びましょ」「うちにいる ただそれだけで大貢献」

 小池さんはこの時の記者会見で、「ちょっと硬めの紙などにしていただいて、(略)ぜひ皆さんで、感染防止対策を考えながら、学びながら、楽しみながら確認をしていただきたいと存じます」

 とにこやかに語ってみせました。かるたでコロナ対策ができると、本気で思っているのでしょうか。

 少しさかのぼりますが昨年11月19日には、わざわざ夕刻に緊急記者会見を開き、「5つの小」というキャッチフレーズを都のコロナ対策として発表しました。少(小)人数、小一時間、小声、小皿、小まめという「『5つの小』を合言葉に感染防止対策の徹底を! さらにプラスして医療従事者の皆さんへの『こころづかい』を」と呼びかけました。内容は3密と変わりありませんが、「5つの小」としたことで、彼女は新しいアイデアだと自負したのです。

 これらが発表された11月後半から12月といえば、第3波のカーブが急激に上がりはじめ、時短営業の必要性やGoToキャンペーンの一時停止を求める声が大きくなりかけていた頃でした。何より都民が気にしていたことは、東京都の医療体制だったはずです。適切な治療は受けられるのか、医療崩壊を防ぐ措置はとられているのか。ところが彼女は12月21日の記者会見で、こう言ったのです。

「現場の医療提供体制でありますが、医療従事者の皆さんの献身的な頑張りにかかっていると言っても過言ではありません。こうした皆様方に対して心からの感謝の気持ちを伝えるために、都内の小中学生の皆さんに、看護師さんをはじめとする医療従事者の方々に感謝のお手紙、ちょうどこの時期ですから年賀状をお送りするよう呼び掛けて参ります」

 まともな大人の考えることでしょうか。ましてや都知事という立場にある人が。

 この非常時に、こういったくだらない「政策」が出され、税金や都庁職員の労力が割かれていく。不思議なことに会見場にいる記者たちは羊のようにおとなしく、都知事に鋭い質問を投げようとしません。また、視聴者や読者に伝えようともしません。だから彼女は思い付きで、遊びのようなコロナ対策を次々と繰り出し続けているのです。

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小池都知事

「小池さんのフリップ芸」

 都民にはずっと「家から出るな」「不要不急の外出はするな」と厳命しています。しかし、意味もなく二階幹事長に会いに行き、自分の元インターンが立候補した千代田区長選には何度も応援に入りました。「5つの小」とフリップを掲げて、「特に高齢者の方は気を付けるように」と述べた日は、会見が終わるとその足で会食に向かい、彼女の後援会長を長年務めたオリックス元会長の宮内義彦氏らと5人で2時間ほど、食事を楽しみました。宮内氏は85歳です。あまりに言行不一致です。菅義偉総理が二階幹事長ら8名と12月14日に会食して「ステーキ会食」とメディアで強く批判されましたが、小池さんのこの会食を取り上げ批判した新聞、テレビは、ひとつもありませんでした。

 彼女の関心は常に「幹」ではなく「枝」のほうに行きます。本当に大事な、深刻な問題には目を向けず、枝の先のことで奇をてらおうとするのです。彼女の人生を取材でたどってきた私には、コロナ対策でも、彼女の「らしさ」が遺憾なく発揮されていると感じられます。

 そんな彼女が昨秋頃から、浮かない顔を見せることが増えました。ワイドショーなどで「小池さんのフリップ芸」などと批判されるようになったことが大きかったと私は見ています。何か新しいことを発表する時は、いつもテレビの司会者よろしく準備したフリップを掲げて会見していました。そのワンパターンな手口が読まれ、芸人さんたちにも揶揄されるようになってしまった。

 シルクハットからハトを出して見せる手品師が、客から「ほら、ハトが出るぞ」と先に言われたらやる気をなくす。よほどしゃくに障ったのか、フリップをやめて液晶パネルを横に話すようになりましたが、それもまた、おかしなことです。

 そうやって揶揄されてしまうのは、小池さんに期待されていることが枝葉のことでなく、コロナ専用病床や医療従事者の確保、公平な補償といった幹に相当する実のある「コロナ対策」であって、空疎な言葉遊びはもうやめて欲しい、と多くの人が思っているからです。

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二階幹事長

発想はすべて軽い

 ところが小池さんは幹へと向かいません。お金も時間もあったのに何をやっていたのかと思います。昨年8月初めに都が運営する初のコロナ専門病院を府中に作ることを自ら発表したのに、人繰りが付かず10月オープン予定が12月半ばにずれこみ、しかも規模は当初予定の3分の1でのスタートとなってしまいました。病床ひっ迫のため都立広尾病院など3病院をコロナ専門にしたのは、第3波のピークも過ぎた1月15日のことです(1月7日に1日当たり最多の新規感染者2520人を記録していた)。

 振り返れば、昨年7月の都知事選前までは、小池さんも輝いて見える時期がありました。4月には、総額約8000億円の対策を打ち、休業要請の協力金支給、中小企業への融資等を矢継ぎ早に決めた。軽症者向けに品川プリンスホテルを一棟借り上げもしました。彼女にすれば、自身の選挙対策でもあったわけですが、アベノマスクや10万円の給付金でもたつく安倍前首相をしり目に、手際がいい印象を与え、「どちらが総理かわからない」と持ち上げるメディアまで出たほどでした。でも、発言するだけで行動に移されなかったこと、立ち消えたものもとても多い。メディアはきちんと検証して伝えるべきでした。

「東京アラート」、「休業要請のロードマップ」と派手に記者会見で発表された政策は、わずか1カ月で廃止されたのです。自分は独創的でこんな面白いことを考え付けるのだと見せつけたかったのでしょうが、すべて軽い。考え抜かれていないのです。本質でないほうに向かい、遊びのような「肝煎りの政策」を打ち出し続けています。

責任を取らされるのはイヤ

 だいたい、最初の都知事選でも、待機児童ゼロ、介護離職ゼロ、満員電車ゼロなど「7つのゼロ」を公約にしましたが、ほとんど実行されていません。そもそも実行する気もなかったのだと思います。受けを狙って面白そうなことを口にする。やれなくてもいいと思っている。彼女の発想は常に広報的です。政治家でも行政官でもなく、本質的にはタレントなのです。途中でやめてしまっても、メディアの追及が甘いことを知っているので、何度でも繰り返します。

 幹ではなく枝に向かうという特徴的な性質の裏には、重大な決断にはかかわりたくないという、小池さんの、あまり気づかれていない本質があります。彼女の実績として何か思い浮かぶことがあるでしょうか。実態は、さびしいものです。環境大臣時代はクールビズ、防衛大臣時代はほぼゼロ。次官人事で世間を騒がせただけで、いずれの時代も「幹」に触れる仕事をしたわけではありません。都知事になれば、幹のほうをやらなければいけない立場であるのに、それをやろうとしないし、やれない。そのことが少しずつバレてきたのがコロナのこの1年でした。

 11月半ばから12月にかけて、小池さんは重大な決断を迫られていました。東京発着のGoToキャンペーンが感染拡大の大きな原因であることが次第に明らかになり、コロナ分科会の尾身会長などから一時停止の決断を促されていたのです。これに対して小池さんは自ら判断することを避け、「国の判断で」と言い続けました。

 11月25日に東京の重症者が急増し、28日になってようやく22時までの時短要請に踏み切りました(分科会は時短も求めていた)。12月1日に菅首相との会談が決まったので、GoToもいよいよ停止に踏み切るかと思われましたが、「東京発着のGoToについては、高齢者と基礎疾患のある人の利用自粛を求める」という中途半端な結論に終わりました。国の言いなりになっているわけではないと見せたいけれど、責任は取りたくない。都知事として確固とした考えや、独自プランがあるわけではない。

 小池フィーバーを巻き起こした豊洲市場への移転問題も、「築地は守る、豊洲を活かす」と大きなことを言っていたのに、けっきょく2年間工事を止めただけで、舛添前知事が立てた当初の計画に戻っただけでした。深刻な汚染状況がわかったということはありますが、彼女のやったことは、実態として豊洲移転の一時停止だけだったのです。移転中止という大きな決断は匂わせただけで、結局はできませんでした。

2020061209077 2020年8月号から
 

五輪中止に動くタイミング

 日本一の市場の移転ともなれば、巨額のお金が動きます。計画変更となれば、シビアな利害調整が必要になります。それは彼女のいちばん苦手とするところで、常に避けてきたことでした。GoTo停止の決断を期待する声は、彼女の本質を知らないから起こるのであって、彼女にそんな決断はできません。ましてや自分の最大の庇護者である自民党の二階幹事長が推進するGoToキャンペーンです。自分に不利益となるようなことをするわけがないのです。

 いま、東京五輪の中止を彼女が言い出すのではないか、とみる向きがあります。蓮舫参議院議員までが、「主催都市である東京都の小池知事が突然中止を言い出すということはないですね」と嫌味を込めて菅首相にくぎを刺しました。

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source : 文藝春秋 2021年7月号

genre : ニュース 政治