戦後日本を代表する思想家、清水幾太郎(1907〜1988)。その大きな思想の振れ幅の背景を、政治学者の片山杜秀氏が読み解く。
「深淵にも拘(こだわ)らず」。清水幾太郎の1941(昭和16)年の名言だ。何しろ戦時。「ペシミズムが不可とせられ、この世に強く生きる積極的な精神が鼓吹せられてゐる」。やる気を出すためには気持ちが明るいのがいいと、みんなが思っているらしい。しかし、それは嘘っぱちだ。人間が究極的に本気になるのは、深淵に落ちかかり、しかし観念せず、何としても逃げたいと念ずるときではないのか。常に最悪を予想せねばならない。血も凍る恐怖を感じる。だが本当に血が凍っては動けなくなる。情況に引きずられるのみになる。それは消極的な精神だ。実は血が凍ると思えたときにこそ血は熱くなれる。虎口を脱したくなるからだ。それが真のヒューマニズムと清水は言う。
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source : 文藝春秋 2023年1月号