「シン」の意味を探る

新書時評

武田 徹 評論家・専修大学教授
エンタメ 読書

評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。

 

 

 日本語の接頭辞の仲間に最近加わったのが「シン」だ。発案者はアニメ映画監督の庵野秀明。『シン・ゴジラ』『シン・エヴァンゲリオン』のヒットで新しい用法をすっかり定着させてしまう。

 少し前に出た藤田直哉『シン・エヴァンゲリオン論』(河出新書)に「シン」の解釈があったのを思い出した。たとえばシン・ゴジラの「シン」には同音の「震」「神」「真」の漢字の意味が重ねられているという。確かに放射能を帯びた巨大怪獣は東日本大()災による核災害のメタファーで、文明都市を破壊する姿は驕った人間を罰する()を彷彿させる。しかし、それは実は往時のゴジラ作品が潜ませていたメッセージであり、最新の特撮やCG技術でそれを解放し、迫()のゴジラ映画を目指す。こうしてオリジナルよりもオリジナルらしさを求める姿勢は「シン・エヴァ」やそれ以後の庵野「シン」シリーズに共通しよう。

 松竹伸幸『シン・日本共産党宣言』(文春新書)はどうか。大学時代に『資本論』に出会い、皆を貧しさから解放する社会主義理論を知って共産党の専従活動員となった。そんな著者は過去にも国防や改憲について独自見解を著書で示してきたが、党首公選制の導入を訴えた本書の刊行を理由に党から除名処分を受けた。だが、現代日本社会に必要とされる共産党へと進化することを願う著者の真摯さは()共産党宣言と読める書名からもうかがえる。一方的な処分よりも対話を通じた異論の止揚はできなかったものか。

 斎藤淳子『シン・中国人』(ちくま新書)が描くのは過剰近代化とでも呼ぶべき社会の激動に翻弄される中国人の姿だ。たとえば固定電話網が行き渡る前にスマホで一挙に高度情報化を遂げたため中国ではSNSが強い影響力を備える。その一例としてSNSで流布される「美人顔」に囚われる強迫心理が社会を支配し、90年代には化粧自体が稀だった女性たちが、あっというまに誰をも似たような美人顔にするアートメイクなる整形手術に手を染めるようになる。他にも人口爆発から一転超少子化が進むなど激しい振幅に揺さぶられている中国人につける「シン」には()の字を当てたくなる。

 このように多くの同音異義漢字を想起させ、豊かなイメージを生成する力が「シン」にはある。そこで「シン」を書名に含む新書に限らず、いっそのこと新書全体をシン書と見立ててみたらどうか。新刊期間だけ賞味期限を保つのではなく、歴史に残る新書の価値を見抜くために、シンに当てる漢字を探しながら読む実験は案外役立つかもしれない。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : エンタメ 読書