福田和也の死から思い起こした“恍惚として聴き入った”30年前の授業

vol.73

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 すっかり色褪せたプリントを前にして、この編集部日記を書いている。

 1994年4月12日、福田和也先生(ここではそう呼ばせていただく)の「現代文芸」という授業の第1回目で配られたプリントだ。大学2年の時にもらったこのプリントを、50歳になった今も私は大事に保管している。

 先生は、1994年春学期から慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で教え始めた。当時は非常勤講師で著作もメディア露出も多くなく、学生の間ではほぼ無名だった。

福田和也氏 ©文藝春秋

 私は、前年の江藤淳先生の「現代文芸」で、その名を初めて知った。「君らの慶應の先輩が三島由紀夫賞を獲った。福田君は西洋思想だけでなく日本の文学や歴史にも通暁している大変優秀な若手だ」。賞の選考委員でもあった江藤先生は嬉しそうにそんな話をしてくれた。早速、受賞作『日本の家郷』を読み始めるもまったく歯が立たず、ただ何となく気にはなっていた「福田和也」という名に、大学1年の終わり頃に再会した。愛読していた『批評空間』の座談会で、ほぼ「信者」として崇めていた柄谷行人氏に詰め寄っていたのだ。少なくとも当時の私には「柄谷行人をやっつけている」ように見えて、「こんな人は初めてだ!」と興奮した。だから新学期のシラバスに「福田和也」の名を見つけて感動し、最初の授業を心待ちにしていたのである。

 
 

 最初の授業は、朔太郎、蕪村、ハイデガーの「三題噺」だった。「三田キャンパスでの1学期分の授業をここでは1回の授業でやる」という意気込みで(ちなみに次学期の初めには「もう少し啓蒙的にやる」と話されていた)、周囲の学生が雑談や居眠りをしているなかで(大学1、2年生に理解できる内容ではない!)、私は意味も分からないまま雷光を浴びるかのように恍惚として聴き入ってしまった。

 最初の授業のプリントには、ハイデガーの『ゲルマニーエン』の次の一節が引かれている。

〈詩人は彼の心理体験を素材にするのではなく、『神の雷雨が下』に――『頭をさらして』無防備に己を委ね引き渡して――立つのである。現存在とは存在の圧倒する力の中に晒し出されていることとして存在することに他ならない〉

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