アニメと英霊 第2回

『シン・ゴジラ』と右旋回する日本のサブカルチャー

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天皇・神話・震災……なぜ日本のサブカルチャーは右傾化するのか? 新海誠監督『すずめの戸締まり』(2022年)、海上自衛隊と『ONE PIECE』、庵野秀明総監督『シン・ゴジラ』(2016年)などを論じた批評家・大塚英志氏による短期集中連載第2回(第1回を読む)。

◆◆◆

「シン・日本浪漫派」?

 さて、新海誠や『シン・ゴジラ』をめぐる批評に共通する「古層」を介して「日本」を「実装」する動きは、フラットな表層でその実存が証明できる海自の国防意識とは違って、個人的なクリエイティブや批評に於ける試みという点にはいささか神経質でありたい。彼らは彼らの選択として、ぼくのような伝奇作家のギミックの選択とは違う、ある意味で真面目に、表層の下にもう一層、「古層」を必要とした印象なのだ。
 
 そのことを考える道順としては庵野秀明の『シン・ゴジラ』への「批評」からまず入ろう。

映画『シン・ゴジラ』DVD(庵野秀明総監督、2017年)

 まず、僕の同作への見解から述べておく。

 庵野は神話の構造を工学的に援用し、古層とは逆の「天皇のない世界」を描いて見せた。それが僕の評価だ。

 シン・ゴジラが後ろ足しかない海洋生物から形態を段階的に変化させ、最後は立ち上がり、そして皇居に向かう様から、ぼくはそれが蛭子神話を構造的に下敷きにしていると感じた。正確には流離された足よろの子が成長して父王に復讐するという、英雄誕生の神話の構造である。ランクはフロイド派の精神分析家だが、フロイド派にせよユング派にせよ、神話や民話の背後に人類の記憶の「古層」を見出す傾向にある。

 しかし同じ物語の構造を問題としつつ、唯物史観の学であるロシアフォルマリズムは情報論の出自でもあり、つまりは良くも悪くも工学的である。この物語の工学的実装がハリウッドの『スター・ウォーズ』初期三部作に始まることは繰り返さないが、工学的であることで物語構造を実装してもカミの実装は作り手によって意図的に切断できる。庵野の場合、『シン・ゴジラ』は蛭子譚の構造に従い皇居前まで来ながら『スター・ウォーズ』に於けるルーク・スカイウォーカーのダースベイダー殺しは、ゴジラの凍結によって断念させられる。いわば物語構造を「停止」したのである。しかもゴジラを皇居のある方向に向け凍結させるから、最後の場面で東京の中心には皇居ではなくただの森を配置して「天皇のいない世界」を示した。

 いわば、古層など持ちようのない世界をさらりと提示したようにさえ思えた。

 無論、新海作品と同様『シン・ゴジラ』の配給会社は、戦時下の国策映画会社・東宝であり、『シン・ゴジラ』が作中で皇室の批判や天皇家の無事に一切言及しないのは新海同様、配給元なり世間へのコンプライアンスであるのだろう。しかし試写会に元都知事としてではなく『ミカドの肖像』の作者としての猪瀬直樹の姿をオンラインのニュースで見た時「皇居のない世界」は確信犯だと思わずにはおれなかった。

 いわゆる「自衛隊協力映画」としては、最も自衛隊をシステマティックに動員したシークエンスも実はサクサクと動く官僚機構の工学性とあいまって、サヨクのぼくにしては不快感を感じなかった。このような「天皇」という「古層」を消去して見せた工学的な手際の良さに感心し、ぼくは、心置きなくフィギュアやDVDの類に散財することができたのである。

 だが、『シン・ゴジラ』論はといえば、その基調としてフォークロアの復興論や英霊論がひどく熱心に語られた印象を持つ。

 旧『ゴジラ』が、銀座から国会議事堂を破壊しつつ、しかし皇居は破壊せずに引き返す「思想的不徹底」を「いまだ海の底で日本天皇制の呪縛の中にいる」元兵士たちの象徴として最初に論じたのは川本三郎である。川本は数行の中にもう一度、「天皇制の『暗い』呪縛力」と繰り返す。そこに戦死者と天皇制の関わりは明瞭であり、つまり、川本は『ゴジラ』を天皇制批判の文脈で読み解く。このようにゴジラを戦死者の表象と見るのは左派の批評だった。それが『ゴジラ』初出時の文脈だった。『シン・ゴジラ』の尾の先に悲鳴を上げるかの如き死者の群れが描かれるのは、その批評に忠実だからである。しかし、それはもはや天皇が不在の世界線においてである。

 だが、例えば民俗学者の赤坂憲雄はこの川本の天皇制批判としての『ゴジラ』論を、三島由紀夫の小説『英霊の声』を持ち出すことで、戦死者を「英霊」へと置換する。『ゴジラ』と『英霊の声』を共振させるのである。

『英霊の声』では、二・二六事件、そして神風特攻隊員の英霊が帰還し天皇を呪う。「英霊」とは天皇に裏切られた者らの霊の集合である。

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source : 文藝春秋

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