アニメと英霊 第3回

柄谷行人と「古層」の実装

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天皇・神話・震災……なぜ日本のサブカルチャーは右傾化するのか? 新海誠監督『すずめの戸締まり』(2022年)、海上自衛隊と『ONE PIECE』、庵野秀明総監督『シン・ゴジラ』(2016年)などを論じた、批評家・大塚英志氏による短期集中連載第3回(第1回第2回を読む)。

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柄谷行人と柳田國男

 それでは、震災を契機に、柄谷の中で何が変わったのか。

 それは柳田國男の論じ方に端的に現れている。

 結論から言えば柳田の言説に「古層」を見出し、それを自らの批評に「実装」したのである。その中で柳田の方法論を理解する「実験」や「固有信仰」と言う語の受け止め方に変化が生じている。

 柄谷行人はその批評活動の初期、柳田國男について三度、論じている。

 それは柄谷が再び柳田について関心を表明した2013年に初めて1冊にまとまるまで放置され、ぼくの個人雑誌『新現実』に「柳田國男試論」が一部再録された時も校正に目を通すことがなかったと記憶する。

 その放置された70年代の柳田論と「東日本」以降の柳田論を読み比べてみた時、やはりそこに「古層の実装」が明白に起きていることがわかる。

 それは具体的には旧柳田論の時点で既に立論されている「実験」及び「固有信仰」という概念の解釈の変化に現われている。その変化はゴジラを戦死者の表象とする解釈が同じでも、川本の天皇制批判に対して赤坂は「英霊」に重きを移したように、いわば、ちょっとした体重の移動のようにも思える。だが、その体重の移動の意味は小さくない。

柄谷行人氏 ©文藝春秋

 今読み直して柄谷の初期柳田論が改めて興味深いのは、吉本隆明が柳田の学問を「無方法の方法」と呼んだことへの批判から出発している点だ。吉本は、柳田が「抽象力の駆使」という知識人の思考を欠いているとする。それ故に、知識人の大衆理解のために、柳田は知的に読み直されるべきテキストとなる。

 確かに柳田の学問の書物は具体的な事象の記述に終始しているように初心者には思える。柳田と比して情緒的に思える折口は、平仮名や傍線の引かれた独自の用語を抽象概念として駆使するので、その点で実は読み易いし、援用も容易だ。対して柳田は吉本の言うように、分析に援用できる抽象概念に乏しい。そう一般的には見なされがちである。この方法の不在は、柳田が西欧の学問の翻案的な援用を嫌ったという挿話とも合わさってアカデミズムの側、つまり歴史学や民族学(文化人類学)などから戦後、批判の対象となり、歴史学などでは近世史の補助学的な位置付けが最大の評価である始末だった。

 対して柄谷は以下のように明瞭である。

柳田にとって、民俗学は〝方法〟であって、その対象によって定義されない。
(柄谷行人『柳田国男論』2013年、インスクリプト)

  そして、初期柳田論に於いて柄谷が柳田の「方法」と言う時、それをこの時点では工学的なものとして徹底して見ているという点は重要である。

 それは以下のような記述に明瞭だ。

たとえば、『明治大正史』で、柳田は「障子紙の採用」というささいな事柄についてこういっている。《障子紙の採用は斯ういふ家々に取つても、最初は簡易なる改造のやうに考へられたが、実際はこれが重大なる変動の因となつて居る》。それが、家に対する人々の意識を一変させたというのである。柳田は、「精神史」や「文化史」として語られてしまう事柄を、微細な偶然的な事件のごときテクノロジーの側から見る視点をもっていたのである。
(前掲書)

  つまり、柳田は例えば「障子」というオブジェのその作り方や使われ方という微細なテクノロジーによって「歴史」を捉えようとしている、ということだ。ただ重要なのはこのテクノロジーが「話し方」や「嘘をつく」といった言語活動や、更には言語化される思考以前の領域に於いても同様に見出せると柄谷は考えている。

 言い方を変えると理系的に柄谷は柳田を理解しようとしている。

 その柳田の工学性・理系性の所在を探ることばとして柄谷が主張するのは「実験」という語である。これはエミール・ゾラの実験小説論を柳田が彼の「文学」に持ち込んだ証拠である。その結果、彼の「文学」はいわゆる私小説とは異なる、もう一つの自然主義文学として近代文学の黎明期に輪廓を結ぶ。柳田は「第二の自然」、つまり歴史や習慣を自然科学的に観察、記述していく様式を彼の「文学」の初期に模索し始め、それがいわゆる「民俗学」になっていく。その意味で「民俗学」は方法論的にもう一つの自然主義文学としての側面を持つ。この「実験」とは、科学の実験のように短時間で人為的に再現し得るシミュレーションではない。歴史や人の営み自体を自然による「実験」のプロセスとみなし、これを観察・記述するものだ。だから柳田の特異な後継者・千葉徳爾は「実験」を「実際の経験」と言い換えが可能だとしている。その「実際の経験」としての歴史や民俗文化には観察者自身も含まれ、そこから「内省の学」という考え方が出てくる。

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source : 文藝春秋

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