評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。
インドの人口が中国を抜いて世界一になるという。米中日独に次ぐ位置につける経済力も更に伸びるだろう。世界の政財界の要職に就くインド系人材も多い。かくして人類の未来はインド人に託されたとさえいえそうな状況だが、私たちはインドについてあまりにも知らない。
たとえば「インド」の語源をご存知だろうか。赤松明彦『ヒンドゥー教10講』(岩波新書)によれば住居地域の境界線となる川などを指すサンスクリット語の一般名詞シンドゥ/ヒンドゥーが固有名詞化されてインダス川となり、地域名としてのインドに至ったらしい。一方でインダス川流域がイスラム教化された8世紀に、そこで古くから信じられていた宗教を「ヒンドゥー」と呼ぶ習慣もできた。この土着宗教がインドの国民宗教になってゆく過程を著者は辿り、教義の特徴を解説してゆく。そのあとがきでナショナリズムと結びつくネオ・ヒンドゥイズムの登場がインドらしい多様性と非暴力の思想を見失わせないかと懸念しているのが印象的だった。
確かに笠井亮平『第三の大国 インドの思考』(文春新書)が示すように、独立後のインドはまず共産中国と蜜月関係を築き、チベットを巡って中印関係が決裂した後はソ連に接近するなどしたたかに振る舞ってきた。それはパワーバランスを利用して戦争を避ける姿勢とも思えるが、イスラム教とヒンドゥー教の歴史的因縁の延長線上にパキスタンとの間に緊張が高まると核保有に踏み出したのは非暴力主義からはずいぶん遠い印象だ。
国内事情はどうか。インドでは被差別階級出身者との結婚が家族・親族の名誉を傷つけると考え、新婚夫婦を殺害する事件が今でも起きるという。池亀彩『インド残酷物語』(集英社新書)はその原因として世襲的な職業集団を示すジャーティという概念が身分制――いわゆるカースト制と折り重なって存在しているインド社会の現実を示す。身分制は教育機会の不平等を招き、貧富の差を固定する。身分による差別の解消を求める動きはインド国内にもあるが、一方でそんな社会であっても人々は希望を失わず、よりよく生きるすべを得ていると著者は指摘する。私たちの常識を遥かに越えたタフさをインド社会は備えているようだ。
米中二大国体制に割って入る第三極となるインドをなんとか自陣に取り込もうと日本を含めて多くの国がアプローチしているが、インド独特の思考や行動の論理を理解しなければよい相互関係は築けまい。今回はそうした理解への入口となる3冊を選んでみた。
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source : 文藝春秋 2023年6月号