「半導体大国」復活の可能性

新書時評

武田 徹 評論家・専修大学教授
エンタメ 読書

評論家・専修大学教授の武田徹さんが、オススメの新書3冊を紹介します。

 

 マイカーを買い替えようとしても、今や新車の1年待ちは珍しくない。原因は半導体不足だという。そう聞いて、足りなければなぜ作らない、日本の技術なら造作もないはずだと思う人もいよう。

 確かに1980年代の日本は世界の半導体メモリ(DRAM)の約8割を作っていたが、今やそのシェアの殆どを失っている。政府がロジック半導体(SOC)の開発を進めさせようと号令をかけたこともあったが、それも失敗した。クルマに限らず日常生活からハイテクの軍事まで、なくてはならない半導体はもはや日本の思い通りにならない存在なのだ。

 桂幹『日本の電機産業はなぜ凋落したのか』(集英社新書)が指摘する「三高信仰」、つまり高付加価値、高品質、高性能な製品なら高価でも売れると信じる弊害が半導体メーカーにも及んだ。技術を過信する慢心が市場変化の誤認につながり……、失敗の連鎖で消えた「半導体大国」の栄光はもはや取り戻せないのか。

 黒田忠広『半導体超進化論』(日経プレミアシリーズ)が描く未来はまばゆい。たとえばトヨタ、デンソー、ソニーなど8社が出資して先端半導体の国産化を目指す新会社ラピダスの果敢な戦略が力説される。花を咲かせて昆虫を誘い込むようになった植物が昆虫と共に進化を加速させたことを「共進化」と呼ぶが、著者は半導体開発を中心に近未来の企業間に共進化関係が作られてゆくことを期待し、「超進化」と呼んで書名にも使った。

 湯之上隆『半導体有事』(文春新書)はそれとは対照的だ。iPhone用の半導体生産を下請けする台湾のTSMCは次世代半導体の加工に不可欠な紫外線露光装置メーカーであるオランダのASMLと組んで技術開発を加速させて来た。「共進化」は夢物語ではなく既に存在している。世界の半導体生産は両社を中心に回っており、日本が割って入るのは難しい。一部の生産技術など、いまだに残る日本の強みで勝負すべきだと著者は主張する。

 正反対の論調の2冊を読み比べてどちらに説得力を感じるか、読者自身が判断して欲しいが、TSMCがいかに重要な存在なのかは、自陣営への囲い込みに躍起となっている米国の本気度からもうかがえる。石油を求めて日本は太平洋戦争を始めたが、米国発動の様々な輸出規制も加わって先端的半導体の調達を阻まれた中国も戦争を選ぶのか。私たちがたわいもないメッセージを日々送り合い、ゲームを楽しんで泰平の世を謳歌しているiPhone用の半導体が、台湾有事の火種にもなりかねない。そんな現代世界のリアリティは知っておくべきだろう。

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source : 文藝春秋 2023年7月号

genre : エンタメ 読書