石ノ森章太郎 萌えキャラの先駆者

101人の輝ける日本人

大友 克洋 漫画家
ライフ アート

漫画表現の礎を築いた石ノ森章太郎(1938〜1998)。同郷であり、同じくマンガの常識を更新した大友克洋氏がその魅力に迫る。

石ノ森章太郎 ©時事通信社

 石ノ森さんについて語るのは大変難しいです。活動期間も長く、ジャンルも多岐にわたるからです。その中でもマンガの地平を広げる事が、石ノ森さんの大きな目標だったのではと私は思います。

 もちろん、手塚(治虫)さんも長い期間に渡りマンガを描いているし、自らアニメーションの世界に入っていったり色々な事をしてマンガの世界を変えました。手塚さんはマンガ家でもあり、アニメーション作家にもなろうとしていたのに対し、石ノ森さんはアニメに関わるもアニメーション作家を目指していたわけではないのです。たしかにトキワ荘時代の作家仲間などを集めてスタジオ・ゼロを立ち上げ、『オバケのQ太郎』などを作ったりもしています。でも、手塚さんがやろうとしていた事とは違うんですね。手塚さんはディズニーが大好きだったので、マンガの絵もアニメもディズニーの影響が強く出ています。例えば『鉄腕アトム』のお茶の水博士は7人の小人がモデルです。ディズニー・コンプレックスというか、キャラクターのディフォルメの仕方、どこかドタバタとした雰囲気など、自分の作品に落とし込んだ時にその影響が大きく見られます。絵をアウトプットする時にディズニーのフィルターがかかってしまっていました。

大友克洋氏 ©時事通信社

 石ノ森さんもディズニーを見ていたはずです。でも、どちらかというと実写映画の影響の方が強く出ていますね。映画好きだったことは知られていますが、すごく勉強されていたことが作品を見ると判ります。その中でも、黒澤明作品は本当に一生懸命観ていたのではないでしょうか。ある村の夏祭り「龍神祭」を描く『龍神沼』の冒頭シーン、若い男がやってきてセリフをしゃべり画面からアウトすると、その奥から農民達がワラワラと起き上がってくる。それは『七人の侍』のオープニングからインスピレーションを得たと思われます。それとその頃、映画監督エイゼンシュテインの研究家が色んな本を出すようになって、多分それもよく読まれていたんだと思います。個別のショットを組み合わせて、新たな意味を生み出すモンタージュ理論という象徴主義、シンボリズムで、映画芸術の元になる手法がありますが、これを『龍神沼』で実践し、「マンガ家入門」で解説までしています。『龍神沼』は本当に映画的で、石ノ森さんが“映画の手法を使いながらマンガを演出したらこうなる”ということを実験した作品のような気もしています。でないと、こんなふうに自分の作品を客観的に解説するのはとても難しいですから。解説が出来るくらい映画を勉強されていたということも読み取れます。

 また実写映画の情緒的なカメラの撮り方も、マンガの中に落とし込んでいますね。幕末が舞台の忍者活劇『新・黒い風』では、そんな描き方が顕著に出ています。その前に描いた『黒い風』はわりとスタンダードな少年漫画でした。ところがこの『新・黒い風』は、どんどん絵がソリッドになっていって劇画っぽい感じになっています。それが3、4年の間に起こっているのも凄いです。石ノ森さんが急成長を遂げた期間です。自分が色々な映画を観て、吸収して作品に吐き出して、実験を繰り返してきています。『新・黒い風』の前に「マンガ家入門」を書いているわけですから、この頃は映画的な演出を習得していた頃なのではないでしょうか。本当に素晴らしい作品で、幼少時代の私は掲載誌を切り抜いて大事に取っておいたくらいです。一つ残念なことは作品が未完である事。掲載誌だった「少年」(光文社)が休刊となってしまい、同時に連載が終わってしまいました。物語は民俗学的なものから始まり、時を経て幕末に入っていく……面白いシチュエーションが沢山あったので、続きを描いてほしかったのです。

 さらに、その実写映画的な情緒を描こうとしている石ノ森さんの作品は、後の少女漫画家たちにも影響を与えます。どこか影を帯びた画面やキャラクターに、みんなが惹かれていくんです。それは石ノ森さんの描く少年漫画にも表れていて『サイボーグ009』のキャラクターを見るとみんなに影があるのが判ります。それまでの活劇ヒーローものとは違い、凄い能力や体を持ったのに、自分の中にある闇やストレスを抱えていて、誰もそれを喜んでいない。ある意味とても人間味のあるキャラクターを描くのに特化した人だったのではないでしょうか。そしてキャラクターをカッコ良くする事が出来た人でした。萌えるキャラを描いた最初の漫画家ではないでしょうか。

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source : 文藝春秋 2023年1月号

genre : ライフ アート