川上未映子「黄色い家」

文藝春秋BOOK倶楽部

平松 洋子 エッセイスト
エンタメ 読書

「金銭」と「赦し」

 美術史を語るとき、「黄色い家」は忘れがたい。1888年、ゴッホとゴーギャンがともに暮らしたアルルの家は、陽光を浴びると黄色に染まった。「ひまわり」を始め、ゴッホは多くの名画をここで生み出すのだが、錯乱ののち自分の耳を切り落とす事件によって破綻を迎える。

 いっぽう、長編小説「黄色い家」では、疑似家族を思わせる女4人が共同生活を営む。黄色は、彼女らを翻弄する金銭のメタファー。キラキラ、チャリンチャリンと金が動くたび、スリリングな疾走感に煽られてページを繰る指が止まらない。

川上未映子「黄色い家」(中央公論新社)2090円(税込)

 物語は、40歳の主人公・花が偶然見かけたネット記事から始まる。東京・新宿区のマンションで、吉川黄美子60歳が若い女性を監禁、傷害事件で起訴された。花は20年ほど前、黄美子をふくむ女4人で暮らした過去を持つ。しかも、女たちは秘密裏に不法な金を稼ぐ共犯関係にあった。

 1990年代に遡って語られる記憶が、当時の社会の様相をリアルに浮上させる。花の母親はスナックに勤めるシングルマザー、酒好きで泣き上戸、風呂なし共同トイレの古びた「文化住宅」で娘とふたり暮らし。花は、自堕落な母の生活を揶揄され、学校でも苛められがちだ。高校生になった花は、必死の思いでファミレスでアルバイトをして72万6000円を貯めるのだが、母親の愛人に全額を盗まれてしまう。絶望のさなかに現れた母の知人、黄美子を頼って家を出て、三軒茶屋でスナック「れもん」を開店。意気投合した蘭、桃子といっしょに1年2ヶ月で235万円を稼ぐのだが、マルチ商法にはまった母に大半を渡すはめに陥り、心血を注いで育てた「れもん」も火事で失う。

 希望のために身を粉にして働くのに、つねに搾取され、負の連鎖から逃れられない花。その姿から伝わってくるのは、社会からはじきだされる切なさ、ぞっとするようなリアリティだ。希望の場としての「れもん」を取り戻したい一心で、花はカード詐欺に加担し、女たちを引き込んでまんまと2165万9000円の大金を稼ぎ出す。ついに目的を完遂させた興奮と祝祭感。高揚の坩堝のなかには、生きるため、生き抜くためのエネルギーが滾っている。

 カード詐欺の主犯格の女ヴィヴが、博奕で手に入れた札束について語る場面。

「金がすべてで、でも、それと同時に金が無意味になる。金以上のものなんかあるわけないのに、そんなことはわかりきってるのに、でもここにはいま、金以上のものだけがあるんだ」

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source : 文藝春秋 2023年6月号

genre : エンタメ 読書