各界で活躍する”達人”たちが、人生を変えた「座右の書」を紹介する新連載。達人たちはどのような本を読み、どのような影響を受けてきたのか、その半生とともに振り返る――。第1回は元外務次官にして初代国家安全保障局長を務めた谷内正太郎氏が登場。(取材・構成 稲泉連)
明確に1冊を挙げるのは難しい
私は大学を卒業して外務省に入省して以来、40年弱にわたって外交の仕事に携わってきました。
ただ、外交分野の仕事を志すに至る若い頃に、「強い印象を受けた本」や「人生を変えるような本」に出会ったかと聞かれると、明確に「これがそうだ」と1冊を挙げるのは難しい、という思いがありますね。世の中には良い本がたくさんありますから、それぞれに少しずつ影響を受けるうちに、自分の中に積み重なっていったものがあった、というのが正直なところです。
とはいえ、それでも外交分野をテーマにした本の中で、今でも参考になったと感じているものを挙げるとすれば、イギリスの外交官だったハロルド・ニコルソンの『外交』(東京大学出版会)、歴史家であるE・H・カーの『危機の二十年』(岩波文庫)、そして、日本の自由民権運動の理論的支柱となった中江兆民の『三酔人経綸問答』(岩波文庫)の3冊になるでしょうか。
外交官を退官した後、大学で6年ほど、教壇に立った時期がありました。そのとき、学生諸子にはこれらの3冊について、「外交のもはや古典的な作品として、必須の文献である」と伝えてきました。とりわけ『外交』と『危機の二十年』は、世界中の外交を志す人材が必ず読んでいる、いわば常識のような本であると言えます。
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