美空ひばり邸の三婆 息子と付き人が「お嬢」秘話を公開

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青葉台の家に住み続けて50年以上

 加藤 今年は、美空ひばりの生誕85周年。亡くなってから33年になります。お袋は明るい人でしたから、湿っぽくならない話題で、付き人だったお二人と一緒に思い出を語りたいと思います。

 関口範子さんには、お袋の付き人を28年間も務めてもらいました。

 辻村あさ子さんは、自宅で掃除や料理の担当。僕は幼稚園のときから、毎日お弁当を作ってもらったね。

 もう1人の付き人だった齋藤千恵子さんは、病院でリハビリ中なので、今日は不在です。

 お袋は、おのり、あさ子、ちーちゃんと呼んでました。3人ともずっと我が家に住み込みで、8畳の部屋で川の字になって寝ていました。お袋が亡くなってからも、この青葉台の家に住み続けている。よく驚かれるけど、もう50年以上経つね。

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加藤氏

 関口 私は主に、事務的な仕事をしていました。齋藤ちーちゃんは、劇場でお化粧をする準備や片づけをしたり、着付けを手伝ったり。器用だから、手仕事を頼まれることが多かったですね。

 辻村 私達3人で「ひばり邸の三婆」と呼ばれています(笑)。

昭和を代表する歌謡界の女王・美空ひばり。生誕85周年となる今年、誕生日の5月29日に合わせて発売された4枚組のDVDボックス、命日の6月24日にはオーケストラをバックに歌ったCDアルバムが好評を博すなど、いまも人気は衰えない。

関口範子さん(82)は昭和36年から、ひばりさんが亡くなるまで28年にわたって付き人を務めた。辻村あさ子さん(72)は昭和48年から、齋藤千恵子さん(84)も、昭和41年からの付き人だ。

加藤和也さん(51)は、ひばりさんの弟・哲也さんの子として生まれ、7歳のとき養子となった。16歳でひばりプロダクション副社長に就任。翌年から社長となり、現在に至る。

 関口 お母さんの喜美枝さんがひばりさんのことを「お嬢」と呼んでいたので、私たちも「お嬢さん」と呼んでいました。

 加藤 3人とも後援会に入ったことが、ウチに来るきっかけでしたね。

 関口 私とちーちゃんは、楽屋の雑用をお手伝いしているうち、お母さんから声をかけていただいた。

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関口さん

「金だらい持ってきて」

 加藤 お袋に会ったときの第一印象はどうだった?

 関口 いやぁもう、怖かった。だって大スターだから。でもお話をしてみたら、優しくてね。

 加藤 お袋はいつも、「おのりはケセラセラだ」と言ってたね。

 関口 ああ、何を言われても「大丈夫ですよ」と答えていたら、「大丈夫のおのり」と呼ばれるようになったの。そのうち「ケセラセラ」に変わったんです。

 加藤 お袋にとって、そのくらいが楽だったんでしょう。いてもらわなくちゃ困る存在だったのは、間違いない。

 関口 でもまあ失敗ばかりでしたよ。「おのり、あれはどういう歌だっけ?」と訊かれて「それはですね」と歌ったら、「余計にわからなくなったわ」って言われて(笑)。それ以来、テープにお嬢さんの歌を録音して、巡業に持って行くようにした。何かあればさっと出せるように。

 辻村 歌わなくて済むように編み出した方法だね。

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辻村さん

 関口 あと、よく聞き間違えもしていた。お客さんが見えたとき、お嬢さんから「金だらい持ってきてちょーだい」って言われたから「誰か気持ち悪くなったのかしら」と思って、急いで探して持って行ったの。そうしたらみなさんキョトンとしたお顔で、お嬢さんが「カナダドライだよ」って。

 加藤 「ジンジャーエール」と言ってくれればよかったんだ(笑)。

 関口 ほんとに大失敗……。

 加藤 お袋が気分よくステージに上がり、いい仕事をする上で、身の回りの細かいことを、かゆい所へ手が届くようにやってくれる人の存在は大事だったと思うよ。現場に随行していたのんちゃんとちーちゃんは、僕から見てもいいコンビでした。

 あさちゃんは、僕が物心ついた2歳ぐらいのとき、ウチへ来たんだったね。新聞に「お手伝いさん募集」と出した広告を見て。

 辻村 私もただの大ファンだったので、とにかくお嬢さんの傍にいられることが嬉しくてね。「ああッ! ひばりさんだッ!」ていう感じでした。ところが仕事を始めるや「料理は任せたから」と言われたので、ビックリ。ちゃんとした調理師さんがいて、横で洗い物をしたり野菜を切ったりすればいいと思っていた。

 関口 前任の方が辞めてしまったからね。こちらに来るまで、料理は得意じゃなかったのよね。

 辻村 あわてて料理本を読んだり、テレビの料理番組を観たり、四苦八苦しました。お鍋に残った汁を舐めてお好みの味を覚えたりもして、勉強しました。

 加藤 ずいぶん頑張ったね。

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美空ひばり

箸袋に「美味しかったよ」

 辻村 お嬢さんは、ごく普通の素朴な和食がお好きでしたね。芋の煮っ転がしとか、古漬けとか。お味噌汁の具はかんぴょう。それと干物を焼いたり、ちょこっとお惣菜を変えるだけ。

 関口 好き嫌いもなかったわね。

 辻村 これは食べられないっていうのはなかった。

 加藤 うちの食卓は本当に質素で、イメージと違うみたいで、皆さんびっくりするよね。あと、お袋は、おでんが本当に好きだった。

 辻村 お嬢さんは、おでんが3日続いても平気でした。

 加藤 地方のステージが多いから家にほとんどいないけど、東京にいるときは一緒にご飯を食べる。学校から帰って来て「あっ、お袋いるな」と思うと、「また、おでん?」って。

 辻村 お嬢さんから「きれいに食べたら、美味しかったってこと。ちょっと残してたら、イマイチってことだから」と言われてね。割り箸の袋に「美味しかったよ」って書いてあったのを見たときは嬉しかった。あの箸袋はいまでも大事に取ってありますよ。

 加藤 お袋は料理を作らないから、僕にとって家庭の味といえば、あさちゃんの手料理でした。何を食べても美味しかった。

 我が家は質素な料理が多かったけど、名物料理で豪華だったのは、淡路恵子さんが教えてくれたスペアリブだね。いまだに一番の好物。あさちゃんにたまに焼いてもらうんです。

 辻村 私の大失敗は、そのスペアリブ。石坂浩二さんたちが遊びにいらしたときに作ったら、味が濃すぎて、お嬢さんに「しょっぱい」と言われてしまってね。途方に暮れてたら、石坂さんが助けてくれたの。スープにして、ちょうどいい味にあつらえてくれたんです。

泥棒が盗んだ「宝物」

 加藤 そういえば、あさちゃんしか家にいないとき、泥棒が入ったでしょう。

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source : 文藝春秋 2022年9月号

genre : エンタメ 芸能 音楽