最相葉月「証し 日本のキリスト者」

文藝春秋BOOK倶楽部

本郷 恵子 東京大学史料編纂所所長
エンタメ 読書

千頁の霊的花束

 初詣や七五三、お墓参りや法事など、さまざまな節目にあたって私たちは神社・仏寺に足を運ぶ。宗教は日常と地続きだ。だが「信仰」について語ろうと言われたら、笑ってやり過ごすか、カルトを連想して身構えてしまうだろう。「信仰」の本来の姿を知るのは難しい。

 本書は、日本に暮らすキリスト教の信者や聖職者に対する「なぜ、あなたは神を信じるのか」という問いに始まるインタビューの記録で、著者の6年以上にわたる取材の結実である。このような問いに、これほどたくさんの人が正面から対峙し、しかもその内容が多様で豊かであることに、まず驚かされた。

 キリスト教のなかにもさまざまな宗派がある。救世軍は、その名の通り本当に軍隊形式で、信徒は兵士で教会は小隊、伝道者(士官)になるためには士官学校で学ぶ。バプテスト連盟の牧師は招聘制で、各地の教会からの依頼を受けて出向き、お見合い説教を経て採否が決まるそうだ。東京のニコライ堂を本拠とする正教会は、自らを律するよりも、神の恵みを喜ぶことを重んじる。

最相葉月「証し 日本のキリスト者」(KADOKAWA)3498円(税込)

 信仰のスタイルも各人各様だ。代々続くクリスチャン家庭の出身で、自然な流れで神学校に進んだとしても、その道を全うするのは容易ではないらしい。修道院を逃げ出して「脱走兵なんです、私」と語る母親が、子供たちが聖職者になることを願う。傷害事件をおこして執行猶予中に牧師になる決心をした人も。

 多くの人が、神を直接感じるような不思議な体験を持っている。祭壇の設計図を見た途端、「これはぼくが作る物だとわかった」木工職人。キリストや聖母マリアと二人羽織をしているイメージで施術したら、格段の効果があったという整体師。危機的な心理状態に陥った時に、疎遠だった教会の友人から「お前のために祈りが必要か」という連絡が来て、救われた人もいる。

 聖書のみ言葉についての証言も多い。「神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛してくださった」、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでも私のもとに来なさい。休ませてあげよう」など、以前から知っていたはずの恩寵や慰めの聖句が、強烈な説得力をもってあらわれる。

 厖大な語りの中には、牧師とその夫人、親子や師弟など、相互に関係のある者たちの声が含まれる。聖職者の家族の悩みや教会組織内の軋轢、キリスト教そのものが父権性が強く男性優位であるなどの、きれいごとで済まない面が見えてくる。

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source : 文藝春秋 2023年5月号

genre : エンタメ 読書