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給料は月7万円という厳しい契約

 彼女は、マネージャーと数年の契約を結んでいるという。働く店はマネージャーが決め、給料は月7万円。自由に休むこともできず、もちろん里帰りも自分では決められない。

「教会に行くと気持ちが楽になります。嫌なこと、悪いことがあっても、教会に行けば気持ちがリフレッシュされます」 

 そう言って、頭、胸、左肩、右肩の順に十字を描き、祈るポーズをする。

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 慣れない日本で、厳しい契約の中、働く彼女にとって教会に行って祈ることは、心の拠り所になっているようだった。 

©中島弘象

「クリスマスの時期は、特に家族に会いたくて寂しくなりますね」

 日本でクリスマスというと、カップルが一緒に過ごす日というイメージが強いが、フィリピンでは、クリスマスは家族が一緒に過ごす日だ。国民の1割が海外に出稼ぎに出ているフィリピンでは、クリスマスの時期になると、各国から大きな荷物を持った人たちが、家族の元に帰ってくる。

 夜のクラブで仕事をした後に、毎朝ミサに参加しているという、黒髪の20代後半のフィリピン女性はこう話す。

「クリスマスの時期は、特に家族に会いたくて寂しくなりますね。本当は帰りたいんですけれど、なかなか難しいですね」

 日本に長く住んでいるフィリピン人の中には、仕事、子育て、経済的な理由でなかなか帰国できない人も多い。滞日歴が長くなるにつれ、自分の両親も年を取っていく。数年前に母親を亡くした女性は、母のことを思い出し目に涙を浮かべていた。日本で生活していて一番辛いことはなにか、と聞くと、皆口々に「フィリピンの家族と会えないこと」という。

早朝ミサはおよそ1時間で終わる ©中島弘象

心だけでも家族と寄り添うことができる場所

 早朝のミサが終わると、フィリピン女性達が、スパゲッティやピザ、マカロニのスープや豚の血を煮込んだスープなどのフィリピン料理を持ち寄り、司祭を交えて、朝食を食べる。

「教会にはフィリピンのコミュニティーがあります。同じ国の人と一緒にいたら、楽しいですし、力がもらえますよ」

 筆者と食事を一緒に食べながら、楽しそうに話をしてくれた人達の年齢は、20代から60代と幅広く、職業も、主婦、岩盤浴の受付、クラブ、ホテルのベットメイキングなど、様々だった。

 母国語でお喋りをしたり、集合写真を撮ったりして、朝食会場は笑い声で溢れる。彼女達にとって、教会は、祈りの場であるとともに、同じ国の人たちと過ごせる安らぎの場ともなっている。

 24日クリスマスイブ。朝5時。最後の早朝ミサが開かれた。いつもよりも人が多く、ミサが終わる頃には、席はほとんど埋まった。司祭が、「家族と離れて寂しいだろうけど」と話すと、目を押さえる女性もいる。6時10分、司祭がミサの終わりを伝えると、自然とみんな拍手が出る。

 常夏の国から遠く離れた寒い日本でクリスマスを迎えるフィリピン女性。フィリピンにいる家族と離れて暮らしている彼女達にとって、教会は、心だけでも家族と寄り添うことができる場所なのだ。

フィリピンパブ嬢の社会学 (新潮新書)

中島 弘象(著)

新潮社
2017年2月16日 発売

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