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教授の発言で波乱の展開に……

 ブックトークの波乱は、ジェンダー論を教える東大大学院教授の瀬地山角さんの発言が発火点となった。事件に「責任を感じる」と認めつつ、小説に対しては拒否感をあらわにした。ゼミ生たちと話し合い「強い批判が出た」と切り込んだ。

パネリストの瀬地山角さん(東京大学大学院総合文化研究科・教授) ©文藝春秋

 瀬地山さんによると、東大生たちは竹内つばさらの描写にリアリティーを感じなかった。「ラブレターを手紙で出すやつなんていないし、東大の女性は1割ではなく、2割。三鷹寮を『広い』と書いたことについては、ふざけるな、と。想像を絶する言葉です」。瀬地山さんは「事実と反する」ことを列挙し「東大生はぴかぴかつるつるで挫折感がないとか、屈折していないというふうに書かれていることに、僕も含めてみな違和感を覚えた」と力説した。東大生も挫折し、引け目を感じていると説明し、こう付け加えた。「この本は、東大生をひとまとめにして貶めるということ以外は成功していないと言う女子学生もいた」

想像力を働かせることはなかったのか

 この発言をどう受け止めるかは意見が分かれるかもしれない。東大の学生や教員が、東大への偏見を感じるというのは分からないではない。しかし私は正直、面食らった。例えば小説に三鷹寮が舞台になっている場面があるわけではない。細かな事実関係の違いによって、全体を否定することに驚いた。なにより、あの小説を読んで、東大生がみな加害者の竹内つばさと同じだ、挫折感がない人間だと受け取る人がどれほどいるだろう。作家はあのような事件を起こす男の人生を想像し、造形したのであって、東大生一般を書いたわけではない。もちろん「ここが違う」と言う権利はあるし、違和感を表明するのも自由だ。でも小説を通して、被害者に心を寄せたり、想像力を働かせたりすることはなかったのか。そうした意見を言う学生はいなかったのだろうか。それがすごく気になった。

右は林香里さん(東京大学大学院情報学環・教授) ©文藝春秋

 しかもつばさは、中学時代にいじめのようなものを受けているし、劣等感や屈折もある。だから彼は自らの感情を封じ込めるすべを会得していったのだ。それが加害につながっていく。そう想定しなければ、著者は彼の行動を追体験することができなかったのだと思う。だから「挫折のない東大生を描いた」とする読み方に、私は賛成できない。