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ワインはどこの国に対しても常に最高級品が出される

 皇室にはどこの元首の館にもない原則が徹底されている。それは「誰に対しても差別せず平等に、最高のもてなしで接遇する」との両陛下の姿勢を反映した原則だ。宮中晩餐会はフランス料理にフランスワインと決まっているが、ワインは常に最高級品が出される(白はブルゴーニュ地方、赤はボルドー地方、シャンパンは祝宴のときの定番のドン・ペリニョン)。これは米国であろうと、アフリカの小国に対してであろうと変わらない。

 残念ながらトランプ大統領はアルコールは嗜まないから、ワインに興味はないだろう。しかしこれはすごいことなのである。米ホワイトハウスも、英バッキンガム宮殿も、はたまた仏大統領官邸のエリゼ宮でも、自国との関係性によって待遇に差をつけるのはふつうのことだ。自国にとって大事な国であればより高級なワインを出すし、さほど重要でない小国であればそこそこのワインですます。政治の世界では差をつけることは当たり前に行われている。しかし皇室はこうした政治性から一線を画しているのである。

宮内庁大膳課のワインセラー 宮内庁提供

 皇室は政治にかかわらないが、皇室が強力なソフトパワーであり、日本外交にとって最大の外交資産であることは外交に携わる人たちの共通認識だ。日本の首相が何度訪問しても不可能だったことを、天皇が訪れることによってなし得たことは少なくない。一例がオランダである。

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長い、長い黙とうだった

 日本人にとってオランダは風車とチューリップの国で、江戸時代から出島を通じて文物と世界の情報をもたらしてくれたというよきイメージがある。しかしオランダ人の日本に対する認識は第二次大戦にある。戦争の緒戦、日本軍は蘭領インドネシアを占領し、オランダ人の軍人、民間人の計約13万人を強制収容所に入れ、栄養失調や風土病などで約2万2000人が亡くなった。死亡率は約17%に上り、シベリア抑留で亡くなった日本人捕虜の死亡率(約12%)より高い。

 これは戦後、特に引揚げ者に日本への恨みとして残り、1971年に昭和天皇が非公式訪問した際には、デモ隊が投げた魔法瓶で昭和天皇の乗った車の窓ガラスが割れた。こうしたこともあって、オランダは両陛下が訪れることの出来ない国として最後まで残った。