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仕事への意見が本人に対する存在否定に感じられる

 Aさんも人気の高さゆえに仕事の依頼は途切れることがなく、次々に違った役柄に没入し、演技をしている状態と素の自分を切り替えられなくなっていたという。

「シリアスな役を演じると精神状態もそれに引っ張られるような、常に仕事モードの状態でした。これは精神的な過重労働です。過労死や過労自殺のリスクファクターとして、労働時間が長いことと仕事上の裁量がないことが挙げられますが、俳優の仕事はその最たるものと言えます。決められたスケジュールのなかで与えられた台本を覚え、際限なく仕事に身を投じていれば、追い詰められる場合があるのも当然です。そしてAさんはこの過酷な状態が続いたことで、深刻な問題に発展していました。認知に“歪み”が生じていたんです」

 Aさんの元には仕事が次々に舞い込み、名実ともに人気女優の道を歩んでいたが、本人が見ている世界は違った。彼女は藤井氏に対しては、「私は演技が下手」「必要とされていない」と吐露していた。

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「AさんはSNSで繰り返しエゴサーチをしていました。もちろん好意的なコメントも多いのですが、そのなかにある少数のアンチコメントに過剰に反応して、そのたびにひどく落ち込んでいました。

 芸能人の“売り物”は自分自身です。そのため仕事への評価がその人自身の存在価値に直結してしまう傾向があります。本人がよほど強くない限り、仕事として『○○さんの演技が好き・嫌い』という評価を、『○○さん自身が好き・嫌い』という評価として受け取ってしまうようになる。そのため仕事ぶりへの意見であっても、本人からすると存在を否定されたと感じることもあるんです」

©文藝春秋

「芸能人にとって“逃げる”という選択肢はあまりにハードルが高いんです」

 Aさんは投薬治療が必要なほど精神的に追い詰められていたが、仕事を休むことはなかった。周囲はもちろん、本人すらそれを望んでいなかったからだ。

「芸能人の仕事は代替不可能なことが多いんです。CMにしてもドラマにしても、メインの役は代役を立てるのが非常に難しい。それに降板すること自体が、当人の新たなストレスになることもあります。

 当時のAさんにとって、『仕事=自分の価値』でした。仕事で追い詰められる一方で、仕事をすることで自分が必要とされている実感を得て、救われてもいました。そんな状態にある人に対して『あなたの代わりはいくらでもいるから休んでいいよ』なんてことは言えません。芸能人にとって“逃げる”という選択肢はあまりにハードルが高いんです」