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登山家・栗城史多さんはなぜ死んだのか……“ビジネス的手法”のあやうさと“演出”の致命的な欠陥

高橋弘樹が『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(河野啓 著)を読む

2021/03/01
note
『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(河野啓 著) 集英社

 大変危険な本だ、と思った。

 登山家の栗城史多(くりきのぶかず)さんは、「夢の共有」をかかげ、クラウドファンディング等で得た資金でエベレスト登頂への挑戦をテレビやインターネットで発信し続けていた。しかし、二〇一八年、八度目の挑戦の際、最難関とされる南西壁ルートからの単独無酸素登頂を目指したが、登頂に成功することなく、下山中に滑落死した。三十五歳だった。

 著者の河野さんは北海道放送のベテランディレクターで、栗城さんを二〇〇八年から二年間、まだ無名の頃に取材していた。だが徐々に覚える「違和感」もあり、次第に彼から遠ざかってしまう。

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 河野さんは栗城さんの死を受けて、その「違和感」の正体をさぐりながら、十年ぶりに栗城さんと向き合い、その死の真相を探求する。

「危険な本」と思えた理由は、その内容が、極めて物語としてすぐれているからである。

 端的に言うと私は栗城さんのことを大好きになったのだ。以前から、栗城さんの名は知ってはいた。だが、どうしてもそのビジネス的な匂いが苦手で、好きになれなかった。そして、本書はまさに、栗城さんの死の一因として、彼がとったビジネス的手法のあやうさをあげる。

 また、その是非はさておき、栗城さんが昔交際を申しこんだ女性から、心の拠り所としていた占い師までプライベートにかなり肉薄する。