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なぜ日本は「生きている気」がしない国になったのか? 内田樹が考える“コロナ後の世界”

なぜ日本は「生きている気」がしない国になったのか? 内田樹が考える“コロナ後の世界”

「コロナ後の世界」を考える#2

2021/10/30

source : ライフスタイル出版

genre : ニュース, 社会, 歴史, 読書

note

 でも、今の日本人は公共というのは、「みんなが持ち寄ったもの」とは思っていません。海や山のように昔からそこにある「自然物」のようなものだと思っている。だから、公共財をいくら削り取っても、いくら濫用しても、「分配にあずかれる人間」と「分配がない人間」の格差は生まれるけれども、公共財そのものはいくらでも「食い物」にできると思っている。だから、自分の支持者や友人は公権力を使って便宜を図り、公共財を使って優遇することを少しも悪いことだと思っていない。今、多くの日本人が公人は公平で廉潔であるべきだと思っていません。そんなのは「きれいごと」だと鼻先で笑っている。でも、公人が倫理的なインテグリティ(廉直、誠実、高潔)を失ってしまったら、国はもう長くは持ちません。

 現に、国内ではまだ偉そうにできるでしょうけれど、日本はもう国際社会から「真率な敬意」を寄せられない国になってしまった。もちろん、日本の金や軍事力を当てにして、にじり寄ってきて、ちやほやするところはあるでしょうけれども、それは別に敬意を抱いてそうしているのではない。利用価値があると思うからそうしているだけです。

 

 今の日本政府が「世界と人類のあるべき姿」を示して、国際社会に指南力を発揮すると期待している人は国際社会にはいません。でも、「他者からの敬意」なしでは人間は生きてゆけない。国だって同じです。「他者からの真率な敬意」という糧を失うと、「生きている気」がしだいに失せてくる。今の日本があらゆる指標で国力が衰微しているのは、そのせいなんです。金がないからでも、軍事力が足りないからでもない。他国の人たちから敬意を抱かれていないからです。

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――本当に耳が痛いご指摘です。

最優先は、国民全体が豊かで幸福に暮らせるようにすること

内田 だから、国力を回復するというのも、それほど難しい話じゃないんです。別に大金を儲けたり、軍事力を増強したりする必要なんかない。国際社会から見て「日本はいい国だな。みんな幸せそうに暮らしているな」と思われる国になれば、それでいい。それが敬意を醸成する。だから、とにかく国民全員が豊かで幸福に暮らせるように、制度を整備して、厚みのある、手ざわりの温かい公共を再構築する。

 最優先に整備すべきは、行政と医療と教育です。その領域には十分な公的支援を行う。そうすれば、市民たちは安心して暮らし、教育を受け、良質な医療を受けられる。でも、実際には、「民営化」や「稼げる大学」や「稼げる医療」などというビジネスのロジックを持ち込んで、公共セクターがどんどん痩せ細っている。