最新刊『やくざ映画入門』では、やくざ映画の歴史についても詳しく書いている。
一九六〇年代後半に、鶴田浩二、高倉健、藤純子、若山富三郎らのスターたちを擁して隆盛を極めた東映のやくざ映画だったが、七〇年代に入る頃には退潮を迎えた。そして、七三年の『仁義なき戦い』の大ヒットを皮切りに大きく路線は変わる。弱き者を守るため、あるいはやくざ社会の掟を守るための自己犠牲に生きる、ファンタジー的な「古き良き」理想を追った「任侠映画」から、実際の抗争事件を題材に野心や欲望を前面に出す「実録映画」へ――。
こうした実録路線を進めていく上で役立ったのが、山口組の存在だ。六〇年代から七〇年代にかけて山口組は全国制覇を目指して各地で抗争を巻き起こしていたため、映画のネタに事欠かなかったのだ。
大組織の進攻を迎え撃つ地元組織――という構図はドラマとして盛り上がりやすいため、山口組と対立する側からの作品が多く、『大阪電撃作戦』『沖縄やくざ戦争』『北陸代理戦争』といった名作が作られている。一方、山口組側から描いた作品もいくつかあり、それらは「鉄砲玉」――つまり進攻の先兵として乗り込む武闘派が主役となる。
今回取り上げる『山口組外伝 九州進攻作戦』も、そんな一本。全国進攻の初期に活躍した鉄砲玉「夜桜銀次」を主人公にした作品で、菅原文太がこれを演じている。
ただ、物語の主軸となるのは抗争の激しさではない。
まず印象的なのは銀次の出で立ちだ。敵と対峙する時でも白いコート、スーツ、ネクタイを身にまとうなど、「鉄砲玉」という語感から連想する荒々しさとは程遠いファッショナブルさなのだ。菅原文太は元モデルだけあり、これがまた実に様になっている。
その一方で、ただ格好つけているだけではない。女郎を抱いて淋病に罹り、放尿する際に苦悶するといった三枚目の芝居も見せる。時に微笑ましく、時に哀しい、弟分(渡瀬恒彦)との熱い間柄も泣かせてくれる。暴力性よりもその裏側にあるチャーミングさが伝わる作りなのである。だからこそ、後半になって全く感情を見せずに暴力に明け暮れる様が、どこか切なく映し出されることになった。
それだけに、まだ二十分近く上映時間を残して銀次が命を落としてしまう展開には驚かされる。それどころか、山口組(劇中では兵藤組)の復讐戦が始まる――というところで幹部連中が警察に一網打尽になり、唐突に物語が終わってしまうのである。
何から何まで意外性に満ちた一本。こうした攻めた作りも、実録路線の特徴なのだ。