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「東京を暗黒にして革命をやるつもりだ」共産党が画策していた電力供給の破壊…そのとき“右翼の黒幕”が行った豪快すぎる“武力革命への対抗手段”

『田中清玄 二十世紀を駆け抜けた快男児』より #1

2022/08/28

source : ノンフィクション出版

genre : ニュース, 歴史, 読書, 社会, 昭和史

「共産党が発電所をぶっ壊そうとしてる」

 そして同時期、各地の発電所や送電施設で、原因不明の事故や事件が相次いでいたのだ。

 水力発電所で鉄管が突如、破裂し、高圧送電線が切断される事例が続いた。猪苗代でも夜、戸ノ口堰第三発電所に賊が侵入し、変圧器を冷やす送風機を盗み出そうとした。幸い、宿直員が発見し、賊は逃走したが、下手をすると変圧器が焼き切れたかもしれない。国鉄の常磐線でも信号機が壊され、警察電話が切断される事件があった。

 猪苗代は首都圏の生命線だった。

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 ここは、日橋川上流の第一発電所を始め、小野川、秋元、沼ノ倉などいくつもの水力発電所を抱えていた。総発電量は50万キロワットに達し、京浜地区の需要のじつに3分の1をまかない、大正時代に完成した送電線で首都へ送られる。その出発点が、第一発電所付近の膳棚開閉所で、一帯の電力はここに集められた。

 つまり、この開閉所のスイッチ一つで大停電が起き、首都は混乱に陥る。

「共産党が発電所をぶっ壊そうとしてる、東京を暗黒にして革命をやるつもりだ」という田中の言葉は、それを指していた。

社員の名簿を手に入れて…

 共産党の脅威を唱えたのは田中だけではない。地元紙の福島民報も当時、社説でこう書いている。

「たとえ赤旗をふり回そうが、デモをしようが政治的信念の宣伝としてすなおに受けとれるのだが、そうでなくてそれらはウワベのことで、何か別の破壊的意図をもつていたり、または別の仕事をやるのが本旨で政治結社というのは表面上のつくろいに過ぎず、正体は暴力団体であつたり、テロ陰謀団であつたりしたのでは政治活動は自由だからという理由だけで、そのまま手をつけずにおくことは出来ないのである」(「福島民報」1950年6月7日)

 風雲急を告げる中、その防衛の最前線に立ったのが25歳の太田だった。

「まず、発電所の所長に挨拶に行って、社員の名簿を手に入れたんです。二百数十名かのね。それを電産と民同に色分けして、下調べから始めた。民同派は最初、3名ぐらいしかいなかったね。そういう連中とも会いました。警察は全然ダメで、どうしていいか分からないんだ。こっちに『いろいろ、ご指導下さい』なんて言うし。警察力もないから、共産党もしたい放題やってたね」