長方形と線がちらばった画面。フォルム同士が作り出す効果をそれだけで面白いと思える人はいいのですが、どんな風に受け止めたらいいのだろう、と戸惑ってしまう人もいるでしょう。
この絵を描いたのはカジミール・マレーヴィチ。ポーランド系の両親のもと、ウクライナで生まれ育ちます。この絵が描かれた1916年というと、ちょうどロシア革命の前年。彼は生涯を通して自作農家に共感を示し続け、革命後も集団農業に反抗的な作品を描くような気骨のある人でした。
マレーヴィチはモンドリアン、カンディンスキーと並ぶ幾何学的抽象画の創始者の一人ですが、いきなり抽象画を描き始めたわけではありません。若い頃は、モスクワの美術館で見たモネの「ルーアン大聖堂」に感動し、ピカソに代表されるキュビズムやイタリアで始まった未来派などからも影響を受けました。
しかし、キュビズムも未来派も伝統的な絵画と比べれば抽象度が高いものの、人やギターなど物質世界の何かを表していました。マレーヴィチはそれに満足しなかったのです。
ついにマレーヴィチはスプレマティズムという、黒・赤・白などの限られた色と、幾何学的な形だけからなる抽象画運動を創始します。
本作のタイトルの「スプレムス」はスプレマティズムに基づいた一連の絵画に彼が付けた名前で、番号の意味はよく分かっていません。スプレマティズム絵画には大きく分けて「黒の時代」「色彩の時代」「白の時代」の3つの時期がありますが、本作が制作されたのは、使用する色も構成要素も増えた「色彩の時代」。
白い背景に配置された複数の長方形・線と1つの三角形は、垂直や水平のものは皆無で、全てが少しずつ傾いています。中央左の縦に伸びた長方形は、まるで上に向かって進んでいるようにも、その逆にも見えます。また、左上角から横に向いた黄色い長方形は、隣と重なっているのでしょうか、それともY字状に連結した形なのでしょうか。どちらにも取れるところ、互いの関係が遠近法的に決定せず、明滅するような感覚も味わいどころです。
スプレマティズムは物質的な世界を再現的に描くものではなく、無対象な芸術表現といわれます。しかし、それは全く何も表さないということではなく、感覚を色・フォルム・質感で抽象的に表そうとする新しい試みでした。
シンプルな形状ですが、機能性を求める合理主義的な考え方とは相反します。それを意識してか、人の手で描いたのが分かるよう塗り跡を残し、輪郭線は細かなブレが確認できます。
この絵に、マレーヴィチはどんな感覚を表現したのでしょうか。また、あなたはどんな感覚を得たでしょうか。動的な感じ、浮揚しているような、また、俯瞰して見るような感覚があるかもしれません。そんな風に感じながら見始めれば大丈夫。そして、こんなの分からない、と思っても大丈夫。マレーヴィチはそれも想定ずみだと書き残していますから。
INFORMATION
「ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション」
京都国立近代美術館にて2023年1月22日まで
https://ludwig.exhn.jp/
●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。