避けようのない不幸な事故
安田ら3人は、警察の山岳救助隊による現場検証に立ち会うためにその場に残ったが、救助隊の到着を待つ間に病院から電話が入り、父親の死亡を知らされた。死因は、ハチ毒によるアナフィラキシーショックであった。
父親がハチに刺された現場は、比較的樹間の広い土の斜面で踏み跡もなく、4人がそれぞれ思い思いのルートどりで下っていた。安田が下りているときはハチの気配はまったくなかったが、運悪く父親は土中のハチの巣の真上を通過してしまったようだ。そういう意味では、避けようのない不幸な事故だったといえよう。
ハチの種類は特定されていないが、土中に巣がつくられていたことから、クロスズメバチだったと推測されている。
国内最凶生物はスズメバチ
厚生労働省の調査によると、ハチ毒のアナフィラキシーショックによる死者は、ここ20年ほどは年に十数人~二十数人の間で推移している。そのほとんどは、攻撃性も毒性も強いオオスズメバチとキイロスズメバチによるものと考えられる。クマの襲撃による死者が年間0~数人であることと比較すると、かなり多いといっていい。国内最凶生物はスズメバチ、といわれる所以(ゆえん)である。
ただし、アナフィラキシーショックを引き起こすのはスズメバチ類のみではない。アシナガバチ類やミツバチ類など、毒を持つほかのハチに刺されても、アナフィラキシーショックに陥る可能性はある。
ハチによる刺傷被害を防ぐには、ほかの野生生物と同様、なるべく遭遇しないように注意して行動する必要があるが、厄介なのはハチ類のほとんどは営巣するということだ。通常、野生生物は人間を恐れていて、人間の気配を感じ取ると、たいてい野生生物のほうから逃げていく。しかし、ハチの場合は巣があるので、それを放棄して逃げるわけにはいかないし、巣を持って逃げることもできない。そこで巣を守るために、接近してくる人間にハチは集団で襲いかかってくる。