西武は「ぬるい」――。

 今年2月上旬、平石洋介ヘッドコーチ(以下HC)が『web Sportiva』のインタビューに対し、西武の体質を忌憚なく語った内容に驚かされた。打撃コーチとしてやって来た前年の秋季キャンプ後、まるで同じセリフを口にしたと、彼に近い編集者から聞いたからだ。オフレコの発言を、メディアの前でもするのかと心底驚いた。

 ペナントレースが開幕して63試合を消化した今、西武はどん底に沈んでいる。交流戦では狡猾なセ・リーグ球団に黒星を重ね、現在7連敗中だ。

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 内容的にも厳しい。チームスローガン「走魂」を掲げるなか、盗塁失敗で自らチャンスを潰すシーンが目につく。打線はチャンスをつくりながらも「あと1本」が出ず、12球団最少得点の貧打に喘いでいる。おまけに、送りバントもうまくいかない。

 スキャンダルで山川穂高が消え、3・4月の月間MVPを受賞した中村剛也が負傷離脱し、若手中心のチームはミスを連発している。

 弱い西武で象徴的だった試合が、5月27日のオリックス戦だ。0対2で迎えた8回裏、代走・若林楽人が一死1塁から盗塁を仕掛けてアウトになった一戦と言えば、ライオンズファンは苦い記憶を思い返すだろう。終盤に2点を追いかけるなかでの二盗失敗は、野球のセオリーでは「あり得ない」プレーとされる。

 確かに西武は「ぬるい」。平石HCの言うとおりだ。

 ストレートな物言いをする彼は、球界では「熱い男」として有名だ。高校時代は、伝説的な厳しさで知られるPL学園出身で主将を務めた。同志社大学、トヨタ自動車と名門を渡り歩き、2004年ドラフト7巡目で楽天に入団。7年間の現役生活ではレギュラーに定着できなかったものの、引退翌年の2012年から楽天初の生え抜き選手としてコーチに就任すると、あの星野仙一に一目置かれ、ヘッドコーチ、監督まで登り詰めた。現役時代に実績のない男が、指揮官になるのは球界の常識からすれば異例の“出世”である。

 楽天時代に酒席を時々共にしたという報道関係者からは、球団上層部から理不尽な要求をされるたび、ことごとく突き返していたとも聞いた。

 それほど熱い男にとって、今の西武はどう映っているのか。上記のオリックス戦後、ぶら下がり取材で直撃することにした。

松井稼頭央監督と平石洋介ヘッドコーチ

今のライオンズも「ぬるい」ですか?

 西武の本拠地ベルーナドームは、グラウンドからロッカールームへと続く100段以上の階段が“名物”として知られる。当然、負けた後の足取りは自然と重くなる。

 オリックスに力の差を見せつけれた5月27日の試合後、ベンチ裏の通路を歩いてきた平石HCに自己紹介し、隣を歩きながら話しかけた。

――いろんなチームで選手やコーチをやられてきたと思いますが、ライオンズの今の状況は率直にどう映っていますか。

「まあまあ、苦しい状況ですよ」

 相手が歩いている間に話を聞ける、ぶら下がり取材は長くても5分程度だ。ジャブを打つ余裕は数発しかない。単刀直入に尋ねた。

――昨年の秋季キャンプで西武について「ぬるい」と言ったと知人の編集者から聞きました。同様の発言を『web Sportiva』でもしていたから聞きます。今のライオンズも「ぬるい」ですか?

「いやいや、変わってきてはいますよ。それはプロとして、というところですよね。準備とか、取り組み、毎日をどう全うするか。変わってきていると思います」

――8回の若林選手の盗塁はセオリー的には“ない”と思うけれど、ああいうのが起こってしまう要因は?

「うーん、これはちょっといろんなことがあるんですけど。なくはないと思います」

――100%セーフになるなら行っていい?

「そうですね。いろんな根拠があるので。結果だけ見たら、絶対ダメだったと思います。ただ、根拠がないわけではなかったので。これは(戦術的な理由で)言えないですけど。もっと思い切ったスタートが切れたんじゃないかなと思いますけど、あのスタートだったらもちろん行くべきではないと思います」

――打順に関して。単純に駒が足りず、いろいろ組み替えて探しているんでしょうけど、マキノンを2番に使ったり、4、5番に置いてポイントゲッターにしたりするなど、全体的にどういう意図で組んでいるのでしょうか。

「これは正解がないので。みんな、悪いときは悪いことばかり言うんですけど」

――そうですね。

 声を出して同意すると、努めて冷静に対応していた平石HCのボルテージが上がった。

「そうでしょ? いいときに僕のところに来てくれない。でしょ? 悪かったら、みんな悪いことばかり言う。世の中みんな、人間は悪いことばかり言うんです。

 今のチームは実際悪くて、一番申し訳ないのはファンの皆さんです。これだけ勝ててないので。でも(打順に)正解があったら、みんな苦労しないです。今いるメンバーで戦うしかない。それだから勝てないとも思わないし。勝てる可能性だってあるし。じゃあどうすればいいですか。打順に正解はありますか?」

――いや、ないですけど。渡部健人も期待をかけて4番で起用しているんでしょうけど。そもそも首脳陣が4番という打順をどう考えているかもわからないし、いわゆる昔の4番とは違うかもしれないですけど。

「打順に正解はないじゃないですか。渡部が1番でもいいかもしれない。9番かもしれない。それは皆さんが判断してくれればいいんで」

――わかりました。今は打順を動かしながらやるしかないですか。

「今いるメンバーで、その日の選手をどこに置いたらいいか、こっちだっていろいろ考えて、考えて……。僕だけじゃなくて、監督をはじめ、今はいろいろ考えてやるしかないです。何もせず、『はい、何番打って』とやるわけにはいかない」

 初対面の記者からストレートに次々と聞かれ、平石HCは最後、怒りを噛み殺すような表情だった。他にも聞きたいことはあったが、日を改めることにした。

後日、更に踏み込んだ質問をしてみると……

 西武と同じく不振のヤクルトになんとか2対1で勝利した6月9日の試合後、再び平石HCをぶら下がりで直撃した。言おうか、言わまいか……迷っていた前置きが、思わず口を衝いて出た。

――「悪いときにしか聞きに来ない」と言っていたので、いいときにも聞きたいんですが。

「良くはないですけどね」

 正直な男だ。なんとか試合をつくった先発・隅田知一郎など、ポジティブな話を少し聞いた後、本題に入った。

――監督、コーチは「いるメンバーで戦うしかない」というのが基本的な考え方だと思います。でも一軍で実績のある野手が源田(壮亮)と外崎(修汰)しかスタメンにいなくて、あとは(助っ人の)マキノン。中村、山川が離脱し、(もう一人の助っ人の)ペイトンもいなくて苦しい状況だと思います。でも本来、プロスポーツの一軍は競争選抜と言うか、力のあるヤツがポジションを取っていくのが原理です。今の西武は一軍で育てざるを得ないのでしょうが。明らかに一軍の経験がある選手が足りていないなか、コーチたちはどういうお考えで戦っているんですか?

「その通りです」

 平石HCは目玉をむいて答えると、語気を強めた。

「メンツがおれば、阪神みたいに1番から9番まで固定できればいいですよ。でも、それができないので知恵を振り絞っている。そんな簡単に打てるものではない。でも、もちろん勝ちにいかないといけない。

 これは周りがね、口で言うのは本当に簡単なんですよ。『我慢しろ』『若手を使え』とか、『ああせい』『こうせい』。でも、使う方も我慢するってどれだけしんどいか。監督なんてしんどいと思いますよ。なので今いるメンバーというか、二軍も含めて(戦っていくん)ですよ。

 でも、コンディションのことであったり、公にできないことが一軍だけじゃなく二軍にもある。『二軍から誰を上げろ』と言われても、上げられない状況とかいろんなことがある。

 選手にはチャンスですから。まずは『当たって砕けろ』でいいと思うんですよ。自分で整理して、『今日はこうやって勝負しにいく』と思って、やられたら次に考えればいい」

――「周りはあれこれ言う」ことに関し、ツイッターでもファンの不満を目にします。だからこそ話を直接聞いて記事を書こうと。

「僕はあまりSNSって見ないので」

――不満の声はSNSを見なくても入ってきますか?

「入るでしょう。でも、やる方としては、もちろん(球場には)お客さんがいて、勝ち試合を見せる。これがとにかく一番ですよ。そのなかで若手選手を使って、負けていいとはさらさら思ってないですけど、なんとか成長につながるために我慢して使っているのもあります」

――言葉尻を取って書きたくないから聞くんですけど、西武が「ぬるい」と言っていました。平石さんだけじゃなく、昨年まで選手として在籍した十亀(剣)も言っていたし、内海(哲也)もファームに緊張感が足りないようなことを言っていました。平石さんがああいう発言をする理由は、伝わってほしいからですよね?

「もちろん。だから僕は公の場でもはっきり言いますし、変わらないといけない。はたから見て、実際チームに入ってみて、感じたこともあったので。そのために僕はライオンズに呼ばれたと思いますし。選手だけじゃなくて、首脳陣、スタッフもそうですけど、今までずっとライオンズにおられた方は気づかないところもいっぱいあるでしょうし。そういった意味で、外からの血を入れたいというのもあったと思うので。でも、根気はいりますよ。ずっと(言い続けていかないといけない)……。

 でも、(今のライオンズには)悪いことが全てではないので。(変えていかなければいけない部分には)『ぬるい』とか、いろんな表現がありますけど、ライオンズにすべてがないのかと言ったらそうではなくて。いいものは必ずある。それも含めて、チームカラーってそんなに簡単に変わらないので」

――どの辺がぬるいですか。例えば秋山翔吾が西武にいたとき、「攻撃中にスタメンの選手がみんなベンチ裏にタバコを吸いに行っていなくなる」と嘆いていました。平石さんはどの程度まで言うんですか?

「もちろんベンチにいなかったりしたら、『お前ら、戻ってこい』と。(次の打席やプレーに対する)準備もあるので。準備の仕方として、2、3イニングも裏で準備するなんてあり得ないので。

 どの程度? 気づいたことは言います。でも、根気はいります。間違いなく根気はいる。そんな簡単にいかない。でも、こっちが折れてしまうとね。変わってきていると思いますよ」

 平石HCは怒りを抑えながら、筆者の厳しい質問にすべて答えた。だから、核心を突くことにした。

 正直、ここまで踏み込んだ質問をできる自信は事前に持てなかったが、同時に、自分の目と口で確認しなければいけない内容だった。

――平石さんがライオンズにコーチとして来ると、周りは「松井さんのPLの後輩だから」と見るじゃないですか。西武に来ず、ソフトバンクでコーチを続ける選択肢もあった。そういうなかで来るのは、覚悟、決意がいることでしたか?

 平石HCは聞き取れないほど静かな声で肯定すると、顔をみるみる紅潮させていった。

「別にここ(西武)に来たからとかではなくて、覚悟はしますよ。僕はそういう思いで今までやってきたので。自分のためにしがみつこうなんて、まったく思っていない。そこで僕がなんの役にも立たなかったらボロカス言われるけど。申し訳ないけど、そんなこと聞く方が失礼。覚悟なんていっぱいありますよ」

 怒りを吐き出した平石HCは、筆者の取材を打ち切り、歩き出した。メディアが立ち入れないスペースに向かう背中を少し追いかけて、「聞くのが仕事なんで」と声をかけたが、足を止めることはなかった。