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「夏の甲子園」強行で思い出す、亡霊のような日本企業の“精神主義”

経済ジャーナリストからの提言

2018/07/30

アメリカの高校野球では44州が投球制限を導入

 大谷翔平選手が活躍する米メジャーリーグの各チームが投球数を厳しく制限していることはよく知られているが、昨年からは高校でも50州のうち44州が投球制限を導入した。例えば、米ミシガン州では投手が試合で投げられる球数は1日105球まで。さらに

 76球以上投げた投手は3日間休む。

 51球以上投げた投手は2日間休む。

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 26球以上投げた投手は1日休む。

 つまり連投できるのは、前日の投球数が25球以下だった投手だけだ。子どもがプレーするリトルリーグベースボールでは、10年前の2007年から投球数制限と休養規則を設けている。14歳以下は66球投げると4日間の休養、15~16歳は76球投げると4日間の休養が義務付けられている。

 全ては「子供ファースト」である。学校、地元、団体、企業など高校野球に関わるステークホルダーの利益や名誉より、「子供の体を守る」ことが優先されるのは当たり前だ。子供が熱中症で倒れたり、将来、プレーを続けられなくなるような怪我をしたりするリスクを知っていながら、慣例や伝統にしがみつくのは愚かな行為と言わざるを得ない。

 ローマ時代の剣闘士でもあるまいし、高校生に真夏の炎天下で野球をさせて、大人がクーラーの効いた喫茶店でアイスコーヒーを飲みながら「爽やかでいいねえ」と観戦する様は異様である。世界的に見れば、一発勝負のトーナメントで高校スポーツの全国大会を開くということ自体が異例であり、野球の盛んなアメリカでも、大会は州単位までだ。

昨年は、花咲徳栄が埼玉県勢初の優勝を飾った。筋書きのないドラマは魅力的だが、なによりも優先すべきは選手の安全だ ©文藝春秋

誰のための甲子園なのか

 百歩譲って高校野球をどうしても観たいというのなら、開催は春と秋。学校を休めないなら、2ヶ月かけて毎週末に試合をすれば良い。毎週、甲子園までくるのが大変なら北海道、東北、関東、中部、関西、中国、四国、九州・沖縄のブロックでチャンピオンを決め、地区チャンピオンが甲子園で戦うというのはどうだろう。

 47都道府県の代表が一堂に会する今のスタイルに固執するなら、会場をドーム球場にする。「聖地・甲子園は譲れない」というのなら、せめて第1試合は朝6時プレーボール、第2試合は午後4時、第3試合は午後7時からのナイトゲームにすべきだ。熱中症のリスクを回避する手はいくらでもある。

ドームやナイター開催も選択肢だ ©iStock.com

 そんな簡単なこともせず、給水タイムや延長戦の決着を早めるタイブレーク制の導入といった小手先の対応で「暑さ対策はちゃんとやりました」というのは、主催者の怠慢である。「夏の甲子園」はNHKや朝日新聞や高校野球連盟にとって巨大な利権だが、そんなものより選手の安全が優先されるのは当たり前だ。

 この際、暑さ対策をきっかけに、誰のための甲子園なのかをもう一度よく考えてみるのも一案である。

 欧州サッカーでは育成を重視するため、ジュニア、ユース世代にトーナメントの大会はほとんどない。各世代、子供のレベルに応じたリーグを作り、同レベルのチームで勝ったり負けたりを繰り返して技術を高める。指導者には「結果」より「育成」が求められるので、日大アメフト部の危険タックルのような馬鹿げたことは起きにくい。