――その証人には、藤原弁護士の他、私(連載の担当編集者)が指名されていました。その日の相談の時点で、遺言の内容は固まっていたのでしょうか。
藤原 ほぼ固まっていました。
長田さんが希望していた遺言
――長田さんは、遺言の具体的な内容について、連載のなかでも触れていますね。
〈(1)戸籍上の母親にはビタ一文贈与するつもりはない
(2)死後は大学医学部に献体する
(3)葬儀の類は一切行わない
(4)葬儀の代わりに「長田昭二さんを送る会」を盛大に開催してほしい
(5)遺骨の一部を分骨し、大好きな香港の指定の場所に散骨してほしい〉(第17回、2024年10月1日配信)
藤原 そうですね。長田さんは“おひとりさま”で、お子さんもいない。法律上の相続先はご両親になる。でも、長田さんは、連載でも再三書かれているように、(1)のとおり、お母さまに贈与したくないという意思を持っていた。つまり遺言を書かないと、その希望は実現しないんです。
――そもそもですが、上記の(2)から(5)のような内容も、遺言に書く必要ってあるのでしょうか?
藤原 この(2)から(5)は、遺言書の「付言事項」に書くはずだったもので、法的拘束力はありません。ただ、書く意味があるかないかと言われると、意味があります。
本来の「遺言」として書くべき内容は、「財産を誰にどれだけ渡すか」ということだけですが、「付言事項」は残された人に「自分の最後の思いを伝える」という意図で入れます。たとえば、母親が子ども2人に相続させる場合。半々ではなく3対2で分けるとなると、やっぱり争いが起きる。その時に「母親がどういう意図で比率を決めたか」を付言事項に書き込む。すると、母親の死後、親族が付言事項を読んで「なるほど。お母さんはこういう思いだったんだな」と納得することもあるわけです。
長田さんの場合、付言事項に死後の詳細を書き残しておけば、残された人たちが「ご本人の思う通りにやってみよう」と思えるわけです。
――長田さんの遺言の素案を見たとき、付言事項に「送る会」の責任者として私の名前を挙げられてちょっと重いなと思ったのですが(笑)、どういう気持ちで受け止めればよいのでしょうか。
藤原 先述の通り、法的拘束力は全くないですから、生前最後の希望として尊重してほしい、ということだと思います。
※長田昭二氏の本記事全文(6500字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています。全文では、下記の内容についても触れられています。
・1年後に再び連絡が……
・自宅に書き残されていた遺言書
・遺言書は「書いたら終わり」という性質のものではない
■連載「僕の前立腺がんレポート」
第1回 医療ジャーナリストのがん闘病記
第2回 がん転移を告知されて一番大変なのは「誰に伝え、誰に隠すか」だった
第3回 抗がん剤を「休薬」したら筆者の身体に何が起きたか?
第4回 “がん抑制遺伝子”が欠損したレアケースと判明…治験を受け入れるべきなのか
第5回 抗がん剤は「演奏会が終るまで待って」骨に多発転移しても担当医に懇願した理由
第6回 ホルモン治療の副作用で変化した「腋毛・乳房・陰部」のリアル
第7回 いよいよ始まった抗がん剤治療の「想定外の驚き」
第8回 痛くも熱くもない放射線治療のリアル
第9回 手術、抗がん剤、放射線治療で年間医療費114万2725円!
第10回 「薬が効かなくなってきたようです」その結果は僕を想像以上に落胆させた
第11回 抗がん剤で失っていく“顔の毛”をどう補うか
第12回 「僕にとって最後の薬」抗がん剤カバジタキセルが品不足!
第13回 がん患者の“だるさ”は、なぜ他人に伝わらないか?
第14回 がん細胞を“敵”として駆逐するか、“共存”を目指すべきか?
第15回 「在宅緩和ケア」取材で“深く安堵”した理由
第16回 めまい発作中も「余命半年でやりたいこと」をリストアップしたら楽しくなった
第17回 「ただのかぜ」と戦う体力が残っていない僕は「遺言」の準備をはじめた
第18回 「余命半年」の宣告を受けた日、不思議なくらい精神状態は落ち着いていた
第19回 余命宣告後に振り込まれた大金900万…生前給付金「リビングニーズ」とは何か?
第20回 息切れで呼吸困難になりかける急峻な斜面に、僕の入る「文學者の墓」はあった
第21回 がん細胞は正月も手を緩めず、腫瘍マーカーは上昇し続けた
第22回 主治医が勧める骨転移治療“ラジウム223”は断ることにした
第23回 在宅診療してくれる「第二の主治医」を考えるときが来た
第24回 “余命半年”を使い切った僕は、足の痛みで杖が必要になった
第25回 貧血で階段が上れない…がん末期の体調不良は突然やって来た
(訃報) 「僕の前立腺がんレポート」連載中の長田昭二さんが逝去されました
番外編第1回 どうやって「念願の自宅で最期」を迎えることができたのか〈親族インタビュー〉
番外編第2回 「毎月外来で“ネタ探し”している雰囲気もありました」闘病記を書かれる主治医の気持ち〈主治医インタビュー〉
番外編第3回 “怖くない”前立腺がんで亡くなった長田さんの「生死を分けたもの」は何か?〈主治医インタビュー〉
番外編第4回 今回はこちら

