人類の歴史は、ウイルスとの戦いの連続だった。そしてその都度、集団免疫を獲得することで勝利を収めてきた。抗体保持者が人口のうち一定割合になれば、コロナ禍は自然と収束に向かうだろう。
奥村氏
人道的な折り合いをどうつけるか
新型コロナウイルスとの戦いで、人類は苦戦を強いられていますが、最初に宣言しましょう。この戦いは必ず人類が勝利します。これは間違いありません。
ただ、勝利までの道筋は幾通りかあり、辿る道によって戦いに費やす期間と経済的損失、そして何より犠牲者の数も違ってくるのです。
WHOや世界各国の政府が、様々な対策を講じていますが、それらには限界があります。
ならばどのようにしてウイルスに勝つのかと言えば、最終的には「集団免疫の獲得」に他ならない、というのが私の考えです。
免疫とは、人間の体に備わっている抵抗力のこと。一度でも体内への外敵の侵入を経験すると、人間の体はその敵を記憶し、次に攻撃を仕掛けてきた時にはその敵を排除し、健康を守ろうとします。これが免疫機構です。
新型コロナウイルスは、人類が初めて接する外敵です。最初は人間側にウイルスの情報がないので攻撃にさらされてしまいますが、これをどうにか克服できれば、次からは免疫が体を守ってくれます。
そして、人口のうち一定割合の人がこの免疫を身に付ければ、ウイルスは感染を拡大することができなくなり、自然に収束に向かうことになります。これが「集団免疫」です。
人類の歴史は、ウイルスとの戦いの連続でした。そして、そのたびに人類は集団免疫を獲得することで勝利を収めてきたのです。スペインかぜや香港かぜはインフルエンザウイルス、そしてSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)はコロナウイルスによる感染症ですが、いずれも広範囲に感染拡大したのちに収束したのは、多くの人が一度これらのウイルスに感染して免疫を持ったからなのです。
感染の連鎖を防ぐのに必要なものは?
ウイルスに感染したすべての人が重症化するわけではありません。発症しても軽症で済む人や、感染しても症状が出ない人も大勢います。ただ、たとえ軽症や無症状でも、感染した人の体には免疫ができます。そして、免疫を持つ人が一定割合を占めた時、そのウイルスの流行は自然に収束していくのです。
いま猛威を振るっている新型コロナウイルスも、最終的には集団免疫によって抑え込まれるでしょう。というより、それ以外に人間が勝利する道はないのです。
乱暴を承知の上で極論を言うと、早く収束させたいのであれば、隔離政策などせずに世界中の人たちが普段通りの生活を送り、多くの人が感染を経験する手もある。そうすれば集団免疫が早く獲得できて、ウイルスの勢いを封じ込めることができます。もっとも、そうなると短期間に患者が集中し、医療機関がパンクしてしまいます。その分、犠牲者も増えてしまう危険性があります。
ただ、このウイルスを制圧できる武器が集団免疫だけだとするなら、なるべく犠牲者を少なくしながら感染経験者を増やしていく――という戦略を立てなければなりません。社会的に、あるいは人道的に、どう折り合いをつけていくのかを、真剣に考える必要があるのです。
自然免疫と獲得免疫
人体の免疫は、大きく「自然免疫」と「獲得免疫」に分けられます。この2つを分かりやすく表現すると、自然免疫は警察官、獲得免疫は軍隊のようなイメージです。
自然免疫は最前線を常にパトロールし、ウイルスなどの外敵が侵入してきたらすぐに潰していく役割を担っています。代表的なのがリンパ球の一種であるナチュラルキラー細胞(NK細胞)や、白血球の一種である好中球やマクロファージなど。
自然免疫が外敵と戦っている段階では、特に症状はありません。そして自然免疫が勝利すれば、人間は外敵が自分の体に侵入してきた事実にすら気付くこともないのです。
ところが、あとで触れますが、自然免疫、特にNK細胞は、色々な要因で戦力ダウンすることがあります。その結果、自然免疫だけでは勝ち目がなくなった時、今度は獲得免疫が出撃していくのです。
獲得免疫は軍隊なので、攻撃も大掛かりです。そのため、この戦いが始まると人間も気付くことになる、つまり症状が出るのです。
おもな症状は「発熱」です。熱が出るということは、獲得免疫が働いていること、言い換えれば、免疫が本気で外敵と戦っていることを示しているのです。
最初に戦う自然免疫は、加齢とともに弱体化します。70歳を過ぎると防御・戦闘能力が低下していくのです。
その点、獲得免疫は年齢の影響は小さい。計算上では200歳まで生きても若い頃と変わらない強力な防衛力を維持すると言われています。
ならばなぜ、人間は200歳まで生きられないのでしょう。それは、たとえ免疫は強固であっても、脳や心臓、肺や腸などの臓器のほうが経年劣化するからです。もしこれらの臓器が200歳まで正常に動くなら、獲得免疫はそれを守り続ける力を備えている。それほど強力なのです。
ワクチンは免疫の「軍事訓練」
免疫には戦う相手によって得意不得意があります。免疫はがん細胞や細菌のような「サイズの大きな敵」は苦手です。その証拠に、BCGの予防接種をしていても、目の前で結核の人が咳をすれば簡単に感染してしまいます。現代の人間は「抗生物質」という兵器を持っているので、たとえ細菌に感染したとしても、対抗することはできますが。
一方、免疫は「小さな相手」には俄然力を発揮します。中でもウイルスの退治は得意です。
その意味でワクチンは、「闘いの準備」のようなものと言えるでしょう。事前にワクチンを接種することで免疫に軍事訓練をさせておき、本物のウイルスが来た時には「待ってました」とばかりに総攻撃をかけられるように準備をしておくのです。人間がウイルスを滅するための免疫を獲得する手段は2つしかありません。1つはそのウイルスに感染すること。もう1つはワクチンを打つことです。どちらも「感染を経験する」という点は同じですが、ワクチンは「より積極的に、予防のために感染する行為」と言えます。
ただ、今回の新型コロナウイルスのような未知のウイルスの場合、ワクチンを作るには時間がかかります。製品ができ上がって国の認可が下りるまで、最短でも1年は見ておく必要があるでしょう。
このような状況では、感染して回復した人が“無敵の人”です。一度感染すると、インフルエンザの場合であれば、年単位の免疫が維持できます。その間、いくら人混みの中に入っても無敵なのです。しかしコロナウイルスに関しての免疫反応は何故か弱い人も時々いるようです。インフルエンザウイルスに比べ、抗原性が弱いのかもしれません。
一方、感染した人の血液の中には新型コロナウイルスの抗体があるので、その血清を使えば重症患者を救える可能性があります。いわゆる「血清療法」です。
ジフテリアやハブの毒に対する血清はウマを使って作ります。新型コロナウイルスに対する血清もウマで作れますが、異種の抗体なので副作用が出る危険性もある。命を落とすジフテリアやハブの毒には副作用も覚悟の上で使う必要がありますが、新型コロナウイルスはそのリスクを負ってまで使う相手ではないのです。もちろん、最後の手段としての血清療法についての研究は進んでいます。
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source : 文藝春秋 2020年6月号