知れば知るほどアイヌは凄い

エンタメ 社会
北海道・白老町に国立アイヌ民族博物館がオープン。アイヌの母を持つ宇梶さんと、直木賞受賞作「熱源」でアイヌの人々を描いた川越さんが、その文化の魅力を語り合った。

自前のアイヌ衣装で

 宇梶 川越さんが19世紀末から20世紀半ばにかけての厳しい時代を生き抜いたアイヌの人々を描いた『熱源』(小社刊)をとても面白く読ませてもらいました。僕は劇団をやっていまして、昨年、やはりアイヌの地を舞台とした脚本を書くために関連の書籍を読み漁っているときに、妻から「これを読んだら?」とすすめられたんです。

 川越 ありがとうございます。

 宇梶 読み始めたらすぐに引き込まれて、劇団仲間のLINEに「これは読んでくれ。課題図書だ」と投稿しました。そうしたら直木賞を受賞されて、まるで自分の手柄みたいにうれしくて(笑)。

 川越 それはありがたいですね。宇梶さんが周囲の方にすすめて下さったことは、作家の西尾潤さんからうかがいました。

 宇梶 そうでしたか。西尾さんには、僕らの舞台『永遠ノ矢=トワノアイ』で、民族衣装を作ってもらったんです。

 川越 アイヌの民族衣装といえば、北海道白老町にオープンする「ウポポイ 民族共生象徴空間」(5月29日開館予定)のPR映像を拝見しました。宇梶さんがアイヌの衣装や装身具を着けると、さすがにお似合いというか、迫力がありますね。

 宇梶 あの映像の中で僕が着ているアットゥシ(オヒョウなどの木の内皮の繊維を織ったアイヌの織物)の着物は自前なんです。

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宇梶氏

 川越 あ、自前だったんですね。

 宇梶 アイヌの聖地ともいわれる二風谷(にぶたに)で公演したときに、織物名人のおじさんが訪ねてきて「これ、お母さんから頼まれたよ」と渡されたものです(宇梶氏の母、静江氏はアイヌ復権運動の草分け)。いったん羽織ったら、名人の作だけあってもう脱ぎたくない(笑)。すばらしい着心地なんです。僕がPRアンバサダーに任命されたのは、もちろん母がアイヌで、僕にもアイヌの血が流れているということがあると思います。

「ウポポイ(みんなで歌うの意)」は、2018年まであった民間のアイヌ民族博物館を継承したもので、周囲に国立民族共生公園をつくり、その中に新しく国立アイヌ民族博物館が建てられました。

 川越 旧アイヌ民族博物館のほうは、5年ほど前に見学したことがあります。妻と北海道旅行に出かけたときに「時間があるからちょっと寄ってみよう」という感じで入ってみたら、アイヌのコタン(村)が再現してあって、「ここ、すっげえ楽しいなぁ」とあちこち見て回りました。

アイヌ博物館での出会い

 宇梶 まさにその場所につくられたんです。宣伝大使だから、この際、宣伝しちゃいますけれど(笑)、ポロト湖畔にあって山もあり海も近くて自然環境は抜群だし、建物のたたずまいもとてもよい。体験型の施設ですから、来場者も民族衣装を着て踊ったり楽器を演奏したりもできる。食文化から伝統芸能、伝統工芸に触れられるから面白いですよ。

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民族衣装をまとって

 川越 そこでブロニスワフ・ピウスツキというポーランド人の胸像を見つけたのが、『熱源』を書くきっかけになったのです。像の説明には、20世紀初頭に白老町に流れ着いて、アイヌの研究に勤しんだと書いてある。「ポーランドは日本からめちゃめちゃ遠いのに、なんで北海道まで来たんやろうな」と興味をもったのが最初でした。調べだしたら、びっくりするほど壮大な人生で……。

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川越氏

 宇梶 主人公の一人ですね。とてつもないスケールの人物で、ロシア皇帝の暗殺計画やらポーランド建国にまでかかわってしまう。

 川越 そうなんです。当時はまだ小説を書いていませんでしたから、誰か小説や映画にしてくれたら面白いだろうなと思ったんです。

 宇梶 でも、ご自分で書かれた。

 川越 ええ、2年前に書き始めて、もういっぺん博物館へ勉強に行きたいなと思いましたけれど、ちょうど「ウポポイ」に生まれ変わるために工事中でした。『熱源』を出版するときは、ウポポイのオープンがずいぶん先なので、「しまったな」と思っていましたから、今こうして宇梶さんとお話できているのはうれしい。これを機に、北海道はもちろん、日本中にアイヌの人たちが住んでいることをたくさんの人に気づいてもらうのはいいことだと思いますね。

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5月開館予定の博物館

アイヌの母に育てられて

 宇梶 川越さんは小説を書くときに、アイヌ文化について相当に調べたのでしょうね。

 川越 書いている最中は、教えてもらえるような人のツテはなかったんです。でも、京都に住んでいますから、大阪の国立民族学博物館はよく利用しましたし、北海道博物館にも出かけました。どちらもアイヌ関連の展示は充実しています。あとは本で調べたり勉強したりという感じですね。

 宇梶 川越さんの目からご覧になってアイヌ文化はどう見えましたか。

 川越 自分の文化圏とは違う暮らしがあって、そこが僕にはすごく興味深かったですね。遠い外国ではなくて、和人(シーサン)(日本人)と地理的に近いから文化も似ているところがある。近いんだけれど、やっぱり違うという距離感が不思議で面白かった。

 宇梶 僕は東京で生まれ育ったから、その感覚はわかる気がします。家にアイヌの着物が掛けてあったり、アイヌ文様の漆器があったりと、身のまわりにアイヌ文化がありましたけれど、僕自身はアイヌとしては育っていませんから、同級生たちと違うところは変だなと思っていました。

 川越 同級生たちと違う?

 宇梶 たとえば、晩ごはんですね。友だちの家ではお母さんがハンバーグとかカレーライスとか子どもが好きな料理を作ってくれるでしょう。ところが、うちの食事はいつもオハウ(アイヌの伝統食、三平汁の起源とも言われる)でした。鮭や野菜などを煮込んだ温かい汁ものです。

 だから僕は、50歳近くになるまで鍋が嫌いだったんですね。鍋の味は好きなんですけど、あの頃を思い出すから食欲が出ない。「どうして僕だけカレーやハンバーグを食べられないんだ」という気持ちが蘇るというか……。

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 川越 食べ物の恨みは怖いですね(笑)。お母さんの教育方針もやはり違ったんでしょうか。

 宇梶 僕は意識しなくても、生活習慣のなかにアイヌ文化はありました。「こんにちは」はアイヌの言葉で「イランカラプテ」といいますけど、「あなたの魂にそっと触れさせてください」という意味です。いつも話している「こんにちは」がアイヌでは「魂に触れる」なんだと、無意識にアイヌの精神みたいなものに親しんでいたように思います。

 母は、僕が火をまたいだり、川にゴミを捨てたりするとものすごく怒りました。これもアイヌの教えです。よく叩かれながら「そんなこと学校で習ってないよ」と反発する気持ちはもっていました。

アイヌとカムイ

 川越 音楽も日本とは違いますね。たとえばトンコリ(5弦琴)は、アイヌの竪琴です。大阪の国立民族学博物館でOKIさんというアイヌの方が演奏するのを聴いたとき、これはカッコいいなと思ったんです。僕は30歳ぐらいまでバンドでベースを弾いていたから、『熱源』でも、もう一人の主人公である樺太生まれのアイヌ、ヤヨマネクフ(山辺安之助)が求婚する村一番の美女キサラスイに弾かせました。

 宇梶 印象的な場面がいくつもありますね。キサラスイが「ティ、ト、ティ、ティ、タ」と口ずさむと美しい音色が聴こえてくるようでした。

 川越 音楽って、言葉や文化を超えて楽しいと思ってもらえるものの一つですよね。ただ、トンコリの生演奏を聴いたのはその1回だけで、あとはネットの動画などを参考にしたので、また生の演奏を聴きたいなと思っています。

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source : 文藝春秋 2020年6月号

genre : エンタメ 社会