「ビロンギング(Belonging)」という言葉が、帰属意識や一体感を意味するキーワードとしてビジネスの現場でも浸透しつつある。多様な「個性」が尊重され、居場所があり、組織の一員として関与できる心地よさを感じられる状態を保つことと、組織としてのパフォーマンス向上や従業員のモチベーション維持、定着の間には強い相関関係があると言われている。
多くの企業がダイバーシティ&インクルージョンに取り組む中、女性比率や障害者雇用などの数値目標を達成することにとらわれてしまうことは少なくない。また、取り組み自体が形骸化しているケースがあることも否めない。しかし昨今は、実際にどのような成果が出ているのか、経営に貢献できているのか──といった本来の目的追求へ回帰をしていく中で、帰属意識への関心は高まりを見せている。
また、リモートワークの浸透によるコミュニケーションの希薄化や年功序列の見直し、ジョブ型雇用の採用など雇用形態の多様化といった環境変化とも相まって、「ビロンギング」を高めることは人材確保の面においても重要な課題となっている。
本カンファレンスでは“組織のポテンシャルを高める”“愛着心や帰属意識の醸成”をテーマに、「ビロンギング経営」の重要性について、経営者の視点やアカデミック視点、脳科学の視点、プロフェッショナルの視点から考察する。
■特別講演①
明日につながる挑戦機会の創出
~ 愛着心、帰属意識を高める東京海上HDの組織改革、風土改革の軌跡 ~
東京海上ホールディングス株式会社
代表取締役社長(グループカルチャー統括)
小宮 暁氏
1983年東京大学工学部卒。同年東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)入社。2015年東京海上ホールディングス執行役員経営企画部長、16年常務執行役員、18年専務執行役員を経て、19年6月より現職。
2022年8月に創業143年を迎えた東京海上グループ。顧客に「安全と安心」を一貫して提供し、顧客と社会の「いざ」を支えるために挑戦し成長してきた。積極的なグローバル展開などを通じて獲得した、国籍を問わない高度専門人材を含む人材が、これまでの成長に大きく貢献している。2020年現在、世界46の国と地域で4万人を超える多様な人材が活躍している。
不確実な環境・市場の中でさらに成長するためのキー・サクセス・ファクターは、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の推進による社員の一体感、企業への帰属意識・愛着心の醸成。そして、同社グループの“パーパス(存在意義)”=「お客様や地域社会の“いざ”を支え、お守りすること」の浸透と考えている。小宮氏はCCO=チーフ・カルチャー・オフィサーも兼任しており、これらを意識しつつビロンギング経営にあたっている。
グローバル展開においてもパーパスの浸透は重視している。例えば、M&Aを行うにあたっては収益性の高さやビジネスモデルの強固さに加えて、「カルチャーフィット」を最も重視し、トップから直接メッセージを発信し、全世界レベルでの研修や会議も随時行ってグローバルなグループ一体経営を行っている。
多様性を推進し、世界中の専門性や経験を掛け合わせることで、お客様や地域社会の“いざ”を支えるためにD&Iの推進=ジェンダーギャップの解消やインクルーシブな文化の醸成などにも力を入れている。人材育成の取り組みにおいては、次代の経営人材の育成(国内外グループ横断のタレントマネジメント)/HD人事制度の創設/「Global Executive Program(国内外のシニア層向け研修)」などを実施している。
ビロンギング経営にあたっては、紹介してきたような取り組みが確実に前に進んでいるかどうかをチェックしていく仕組みの構築も重要だ。世界中のグループ会社で働く多様性あふれる人材を一つに結びつけるのが、創業以来大切にしてきたグループの精神を表すコア・アイデンティティともいうべき「To Be a Good Company」という言葉。この言葉は、Deliver on Commitments(信頼の結果としての成果を追求)/Look Beyond Profit(世の為、人の為)/Empower Our People(活力あふれる人と組織)などを包含する。
パーパスの浸透と、社員が生き生きと働く職場作りのために、各種調査(サーベイ)や表彰(アワード)も実施。常に自らの取り組みを振り返りながら、原点・基本であるパーパスに立ち戻り、パーパスを羅針盤にして仮説・検証を繰り返し、課題・問題を発見し検証・解決し、ビジネスを通して成長していくことが大切と考える。
ビロンギングを高める取り組みはまだ道半ばであり、この挑戦はエンドレス・ジャーニーだ。私たちは、“いざ”というとき、お役に立ちたい。万が一のときも、新たな一歩を踏み出すときも。お客様と社会のあらゆる“いざ”を支える、強くやさしい存在でありたい。この思いを日々の行動として積み重ね、すべての人や社会から信頼される良い会社“Good Company”を目指す──そう語って締めくくった。
■テーマ講演①
従業員の帰属意識とエンゲージメント向上の秘訣とは?
人事データ活用で着実に進める、組織の生産性向上と人材マネジメント
株式会社SmartHR
リードジェネレーションイベントユニット チーフ
門脇 健一氏
武蔵野美術大学でデザイン情報学を専攻。卒業後、2009年に大手セールスプロモーション企業に入社。イベントを通じた企業PR施策の企画遂行に携わる。その後、株式会社カカクコムでメディア・広告事業を経て、SmarHRへ入社。現在はマーケティンググループにてクラウド人事労務ソフト「SmartHR」の価値発信に携わる。
冒頭、門脇氏は「こんな経験はありませんか?」と、以下の3点を問いかけた。「従業員の突然の離職」「組織課題がありそうだけど具体的な課題がわからない」「課題はわかっているが、定量的に判断するための材料がない」。
これらを解決するのがクラウド人事労務ソフト「SmartHR」。項目別に、人材マネジメントの推進が求められる背景(労働人口の低減、雇用の流動性など)にも触れつつ、SmartHR導入のメリットを豊富な実例を交えながら提示していった。
○エンゲージメントの価値
・ワークエンゲージメントと従業員エンゲージメント
・エンゲージメント向上の効果
・人材マネジメントの第一歩は「データ整備」から
○労務×人事データの活用のステップについて(労務管理の効率化)
・人材マネジメント推進へのステップ
・実例=創業140年以上、工場の平均年齢67歳。老舗企業のバックオフィス改革を支援した会社
・入社手続きの効率化
・効率化のイメージ、雇用契約、実例=新入社員203名の入社手続きをオンラインで実施した会社
・自社に合った人事データベースの作成
・自然と更新される人事データベース、一元化される人事データ
・分析レポートの作成と見える化、プリセットレポートの種類
・見えるデータと見つかる課題(離職分析用レポート、働き方改革推進状況レポート、組織情報レポート)
・分析レポートを活用することでPDCAサイクルが加速。実例=月々の従業員数の変動や人件費を把握して、採用活動上の無駄なコスト削減に役立てている会社
○従業員サーベイ
・SmartHRのサーベイだからできること、利用シーンに合わせたプリセットサーベイを提供
・「配信」がSmartHRに登録されたデータでカンタン
・サーベイで見えるデータ、見えた課題と改善アクション、実例=新規事業を推進するための新たに組織風土づくりに着手した/特定の店舗のマネジメント3年目社員への報酬設計を改善した会社
○人事評価
・人事評価が与える影響、評価業務の方法(人事評価にアナログな工程がある企業に「人事評価へ課題を感じている傾向」がある)
・SmartHR「人事評価」機能の特徴、人事評価におけるよくある課題を解決、人材マネジメント機能のこれから
まとめとして、人材マネジメント推進へのステップとして労務管理の最適化→人事情報の整備→人事情報の活用という業務効率化と、人事データ形成を両立した先を見据えたアプローチが重要であることを改めて強調。SmartHRはそのアプローチを実現する、高い市場シェアと継続率、豊富な導入実績を持つツールである。
■特別講演②
健全な帰属意識の醸成とフォロワーシップ、当事者としての成長
同志社大学
社会学部 教授
松山 一紀氏
研究テーマ:組織行動論、組織心理学、戦略的人的資源管理論、帰属意識研究・フォロワーシップ研究。近年の社会における個人の多様性を尊重する考え方の拡大から、組織の構成員の帰属意識を上層部の運営体制のみで管理することは困難であり、今後は組織の主体的・自律的組織貢献性による「健全な帰属意識」が必要不可欠であるとして、「リーダーシップ偏重型組織」ではなく「フォロワーシップ型組織」の普及を提唱。
帰属意識とは何か? について松山氏は自身の研究に基づきまず発言。文化人類学者アベグレンが論文の中で「余儀なくされる/強制される」という表現で指摘したように、従来の日本人労働者の会社への帰属意識は必ずしもポジティブでない傾向があったこと、そして学術的には「従業員が自分の属する企業に対して、その一員であることを肯定的に自覚している意識状態(有斐閣刊『社会学小事典【新版】』より)」であることを紹介した。以下は講演要旨。
海外の調査機関による複数の調査によると、日本人の会社への忠誠心や職場への定着意識は海外各国に比べ低い。例えば「転職、転社はしたいがこのままいることになるだろう」といった消極的姿勢の労働者が、時代・年代を問わず多い。
1980年代に「組織コミットメント」という概念が欧米から入り、帰属意識を科学的・分析的に研究する契機となった。日本人労働者からは主に下記3タイプが抽出される。
① 愛着型コミットメント=組織に対する愛着によって、組織に止まろうとする内発的態度。
② 内在型コミットメント=組織の価値・目標が内在化し、自身の価値・目標のほぼ全てになっている状態
③ 外因型コミットメント=組織固有のスキルや人間関係、または世間体といった外在的要因によってやむなく留まろうとする他律的態度
エンゲージメント醸成につながるメンタルヘルス、モチベーション両面から、愛着型の帰属意識が最も健全である。健全な帰属意識を組織側から醸成するには、以下が大切(具体例をあげつつ説明)。
・被受容感=ビロンギング(所属意識の醸成)/適切な組織社会化と適度な人間関係管理
・外因型コミットメントを高めすぎない/エンプロイアビリティの向上、汎用的な知識・スキルの習得
・内在型コミットメントを高めすぎない/ワークライフバランス施策、人生目標のなかに組織目標を位置づける、兼業副業の奨励
・愛着型コミットメントの醸成/自己裁量に対する配慮、自己選択型人事政策の採用
例えば、松山氏の調査では、自己選択型人事政策の一環として「地域限定社員制度」を導入したところ、外因型コミットメントの値が低減され愛着型コミットメントが高まった(これは良い傾向)。
フォロワーシップ行動(部下やリーダーを補佐する人が、組織のリーダーを支援し組織へ貢献するために受け身ではなく能動的かつ自律的に考えての行動)には、受動的忠実型/能動的忠実型/統合型の3タイプがある。 健全なフォロワーシップの開発にあたっては下記3点を意識すべき(具体例をあげつつ説明)。
・従我を形成する(守)/偏見、固定観念を持たすに「素直」に聞く、なぜ?という意識をもつ
・観我を開発する(破)/「聞く」から「観る」へ、“後だし負けじゃんけん”の極意、フォロワーは客ではない、盲導犬に学ぶ(利口な不服従)、建設的批判、常に考える
・統合的フォロワーを目指す(離)/視野を広く・視座を高く、パーパスと社会的価値、未来を想像し創造する、マインドフルネス(見るともなく見る)
最後に、忠誠心=滅私奉公より健全な帰属意識が大切。組織だけでなく、個人に対してもプラスになるように働くのが帰属意識。組織だけを愛するのではなく、皆様自身も愛してください、ご自愛ください──と語って締めた。
■テーマ講演②
エンゲージメントから体験価値へ。人と組織の関係性を見直す人材戦略
~ 社員エクスペリエンスを高め、ファンをつくるリファラル採用の価値とメソッド ~
株式会社MyRefer
取締役
細田 亮佑氏
細田氏は2012年パーソナルキャリア(旧インテリジェンス)に入社。広告媒体営業、商品企画を経て新規事業サービスに参画。編集長としてB2BとB2Cマーケティング施策の設計~運用を行う。2017年、TOP 25 Global B2B Marketer of 2017に選出。2018年MyRefer設立時に同企業参画。
MyReferの企業理念・ビジョンは「未来のインフラを創出し、HRの歴史を塗り替える」。細田氏は、各テーマに則して企業の人材戦略について語った(以下は要旨)。
○HRトレンドの変化からみるEXの重要性
アナログ→デジタル(DX推進)、メンバーシップ型雇用→ジョブ型雇用など、HR(採用や組織作り)の在り方が抜本的に変化しつつある。採用数である「量」から、スキルやカルチャーマッチといった「質」への転換も加速しており、業績の維持・向上のためには社員生産性が重要なテーマになっている。
組織と個人、個人と個人のつながりが希薄化している現代。企業への帰属意識が年々低下していることから、エンゲージメントの重要性が加速している。エンゲージメント向上のために大切なのは、従業員体験=Employee Experience(EX)など、従業員の入社前から~オンボーディングに参加し~退職するまでの間に起こる、すべての体験価値だ。入社までの入り口でミスマッチを防ぎ、入社後のEXでいかに従業員エンゲージメントを高めるかが鍵になる。
○エクスペリエンスを高めるリファラル採用への期待
そのソリューションとなるのが、社内外の信頼できる人脈を介した採用活動すなわちリファラル採用=Referral Recruiting。社員を採用の当事者として巻き込み進める採用手法だ。米国GAFAや急成長企業の採用ポートフォリオは4~5割がリファラル採用であり、日本でも様々な企業で導入が進んでいる。
ところが社員は、人事や経営陣が思っている以上に自社を知らず、語れない。自社を知り、語る体験価値によって理念・文化が社員に浸透し、エンゲージメントが向上する。同社の調査では、3割の社員が、リファラル採用は会社への貢献や友人のサポートだけでなく、「自分自身の気づきや成長、キャリアの棚卸につながった」「会社や上司から評価につながったと思う」と答えたデータもある。
○リファラル採用成功のメソッド
リファラル採用の成果を出すためには、社員の協力数を増やす/一人あたりの紹介数を増やす/応募からの決定率を上げる、の3つの指標毎に適切な施策を実施することが必要である。特に協力者数を増やすために社員の「共感=情緒的コミットメント」を引き出すことが大切であり、ポイントとなるのは、社員へインセンティブではなくストーリー(背景)を説明する/透明性の高い情報を出す/上位役職者から、リファラル採用をやる意義を訴求する、の3つだ。
ストーリー(抽象論を交えた感情的言語)は、語り手(社員)と聞き手(友人)双方の奨励度を高め、長期記憶としても根強く体験を提供できる。採用に関わるあらゆる情報を、透明性をもって流通させることで社員は当事者意識を醸成する。
なお、社員が紹介をしてくれたのにその紹介が社員にとってマイナスな体験で終わると2回目以降の紹介につながらず、持続可能な紹介文化風土の形成が難しくなるため、注意が必要だ。選考フローを開示する、紹介してくれた友人・知人がNGだった場合のフォロー方法やフローを決める、などの社員への配慮も重要である。
経営と現場のコミュニケーションエンジンである人事・広報こそ、リファラル採用を促進しEXを向上することができる。EX向上のための認知→共感→行動→ファン化→認知のサイクルをリファラル採用によって生み出すことが重要だ。
○EXをさらに高めるリファラル推進施策(MyRefer紹介)
新時代に必要なエンゲージメントと採用を結びつけるプラットフォームが「MyRefer」。企業の持続可能な自社採用力を強化するHRTechサービスで、国内No.1リファラル採用クラウドである。
MyReferでは、採用担当者様が効率的にリファラル採用運用し、PDCAを回せるようになるだけでなく、社員も簡単に楽しく自発的に友人紹介ができるよう、制度設計から広報施策の提案、改善施策の提示まで、クラウドサービスの提供とリファラル採用に対するコンサルティングを行うことで、貴社の制度定着をご支援しています。
■テーマ講演③
組織エンゲージメント測定の次の一手
~ 個のモチベーションの把握と、個人と向き合う人材マネジメントへのデータ活用 ~
EQIQ株式会社(Attuned運営会社)
創業者・CEO
ケイシー・ウォール氏
ウォール氏はニューヨーク州出身。大学卒業後、日本に移住。人材サーチ・紹介会社Wahl and Caseを創業。2014年にIEビジネススクールにてエグゼクティブMBAを取得。現在、EQIQ株式会社のCEOとして、「内発的動機は人々の仕事と人生を豊かにする」信念のもと、モチベーション アセスメントAttunedと人材紹介サービスを展開している。
ウォール氏は、米国と日本における職場でのビロンギングのあり方と、私たちが向かっている社会の方向性から語り始めた。
米国は、大離職の時代/随意雇用/18カ月での転職/多数の社会課題という背景と課題を抱え、マネージャーは会社のゴールを達成させる高い業務へのプレッシャーがかけられている。一方で、日本のマネージャーは、低いエンゲージメント/終身雇用の終焉/階層的管理からの転換/生産性向上・新事業開拓などの積み重なる課題に対し個人に責任が転嫁され、途方に暮れ疲弊している状況ではないか。
いずれも大変な状況で、ビロンギングを高める必要があるのは自明の理。ただし、一人のマネージャーが親密になり丁寧に意思疎通できる人数(『ダンバー数※』でいうと段階的に約15~150人)や、脳のキャパシティには限りがある。One on Oneミーティングによる育成やインセンティブ付与による動機付け、ビロンギング向上にも限界がある。
※一人の人間(の脳)が認知し、安定的な社会関係を維持できるとされる人数の上限
では、どのようにしたらよいのか。内発的動機付け(自身の内部から生まれるやる気)+行動科学の知見を活用しない手はない。「Attuned」のようなHRデータ活用ツールを導入することにより、例えば先述の約15人~という人数を増やせることがわかっており、育成・成長させられる部下の数は増やせる。かつて終身雇用による約40年だった雇用期間が3年間ターム(ジョブ型)になりつつある今、ミッションベースのビロンギングがこれからの主流になる。強い信頼関係と心理的安全性を持つ未来型組織を目指したい。それにより燃え尽き症候群の減少/災害への備え/多くのイノベーション/個人の成長/Meaningful Workといった成果が期待できる。
EQIQ株式会社
Attuned事業部セールス/カスタマーサクセスシニアマネジャー
飯田 蔵土氏
上記の訴求の後、同社Attuned事業部の飯田蔵土氏が「ビロンギング、マネージャー、そして内発的動機」について解説を行った。
今、主流になりつつあるジョブ型の組織が集まる会社は、自分の箱(仕事)以外には無関心/ジョブが同じならどこの会社でも一緒=すぐ辞められる/周りの顔ぶれはよく変わる、という環境・雰囲気になりやすい。だからこそ、「自分がここにいる自発的な理由=ビロンギング」が必要になる。
会社への帰属でも、愛社精神とビロンギングとは違う。
マネージャーの不変のミッションは、組織の生産性を最大化すること、企業の価値を具現化すること。そのための手法は、かつては監視、指示、指導(業務命令)であったがこれからはビロンギング、支援となる。ビロンギングは「するといい何か」ではなく「時代の要請」だ。
組織のパーパスと個人のパーパスが一致していない組織ではビロンギングは生まれない。内発的動機=やりがいのない部下は成長しない。ジョブ・クラフティングとは、労働者が主体的に自らの仕事に対する認知(見方)を再定義し、創意工夫することでよりやりがいをもって仕事に向き合えるという概念。内発的動機=やりがいが分かると、ジョブ・クラフティングはやりやすくなる。
ジョブ・クラフティングで個人と企業のパーパスの方向性を揃えるプロセスを通じてビロンギングは生みだせる。部下のやりがいを把握するにはデータ分析による個のモチベーションの把握を行った上で、データを活用しながら個人と向き合っていくことが成功の鍵になる。Attunedは、内発的動機に影響する要素「モチベーター」を、創造性/利他性/自律性など11個に整理。55問のアセスメントを通して、各モチベーターへの要求度を数値化し、個人の価値観を可視化、集団を分析するツール、サービス。個人の「やりがい」を可視化できるAttunedをビロンギング向上に役立ててほしい。
■特別対談
ビロンギング(帰属意識)の萌芽-脳科学の視点からひも解く熱意の根源
脳科学者 中野 信子氏
1975年東京都生まれ。脳科学者。東日本国際大学特任教授、京都芸術大学客員教授。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。
聞き手:株式会社文藝春秋 総務部(人事担当) 渡辺 彰子
冒頭、ビロンギングについて、聞き手である文藝春秋の渡辺彰子が「一体感・帰属感。多様な個性が尊重され居場所があると感じ、組織の一員として関与できる心地よさが保たれている状態」と改めて定義。中野氏が多角的に自身の考えと思いを披瀝した。以下は要旨。
・そもそも外国語で「ビロンギング」とわざわざ表現しているところが興味深い。横文字にしないといけないくらい私たちにとってはセンシティブな話題なのではないか。人間はやはり「仲間・みんな」を意識しないといけない生物なのだと思う。みんなの和というより自分の個性を大事にしたい知的な層や、自分の仕事ぶりに自信のある人たちを上手くインクルードして組織体を形成するにはどうしたらいいか、という問題意識を持つ(日本の)人たちが捻出した言葉がビロンギングであるように思う。
・ある組織に新しく入った人や考え、出自がよくわからない人との間の心理的障壁を取り除き、同じ集団に帰属する人、仲間だと認識するには、一定の時間を同じ空間で一緒に過ごす/身体的な接触を持つ/目を見て離す、などの行為が有効だ。生理学的にいうとオキシトシン=絆のホルモンが分泌される状況。リモートワーク中心だとこうした“同じ釜のメシを食べる”に類似する体験が少なくなり、危機感を持っている人は多いように思う。
・会社でいえば、ビロンギング、信頼関係のある人同士だと有機的にお互いのリソースを提供しあえるので一人で行うより良い仕事が短期間でできる。個を大事にし独立性や専門性の強い研究者・学者同士でさえ、雑談や情報交換の時間と場、仲間は非常に大事にする。会社員なら言わずもがなだろう。リソースを上手く提供しあえる構造・組織、人間関係は非常に大切だ。コロナ禍により集団体験の乏しい若い世代には、そうした構造・組織に加わる利点、学問の世界で言うと“巨人の肩に乗る”メリットや集団に所属する利点を、言語でもしっかり伝えつつ実際に体験してもらう必要がある。
・死ぬまで成熟を続ける、ある意味脆弱な種である人間にとって、集団を形成することは必要不可欠なこと。脳の構造を見ても人間は、社会性の情報処理を担当する前頭前野が非常に膨らんでいる。損得や正誤、美醜、将来性の判断をしたり恥の感覚を持つのは人間だけであり、帰属意識は個より集団を優先するために脳に組み込まれている機構だ。例えば失職した人は経済的側面よりもむしろ「社会から必要とされていない」「居場所がない」ことに不安を抱く。普段は帰属意識を持ち出されると反発や警戒感を覚える人も、いざ職を失ってみると自分のアイデンティティがいかに脆弱であったかに気づく。
・熱意、モチベーションの源泉は2つある。新しいことにチャレンジし上手くいったら分泌される気分を高揚させ快感をもたらすホルモン=ドーパミンの働きによる部分と共に、「尊敬する誰々のために」「自分が帰属している組織のために」というオキシトシン(絆のホルモン)が裏打ちしている部分が確実に存在する。「みんなのために頑張る」というのは過去に実際にあった搾取や過労にもつながり、行き過ぎには注意する必要があるが、帰属意識は人間にとって自然なことだ。
・多くの日本人は集団に対して距離を取る気持ちが強いものの、いざ実際に行動する局面になると欧米人に比べ同調してしまいやすい傾向、遺伝子を持っているようだ。会社という経済的利益を提供する組織体の中においては、帰属意識が圧力にならないように配慮する必要がある。圧力にならない形で“心地良い帰属意識”をどう形成・醸成するか、が、経営者やリーダーの工夫のしどころになる。「適疎」=適度にばらけていることで互いにリソースの提供を効率的に行い合える組織、風通しが良く縦のヒエラルキーよりも横のつながりが強い組織のほうが多様性を保つこともできて良いと考える。
・個と(帰属する)集団、双方の間で揺れ動き、気持ちのバランスを取ることができるのが私たち人間だ。どういう状況がバランスがとれている、という基準は一概にはなく、不完全な状況でいい。それを理解しておくかどうかで対応の早さ、局面ごとに適切に振る舞えるかどうかが決まってくる。問題がないことがすなわちいいことではない。不安定さこそが自然で、良い状態と言える。
2022年6月29日(水) オンラインにて開催・配信
source : 文藝春秋 メディア事業局