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「私は寝てないんだ!」印象的すぎる「謝罪会見」の平成史

ささやき女将に号泣県議、アパホテル社長の帽子まで――

2019/04/22

「うゎぁ~この日本を~、あー世の中をぉ~変えたい」

 それは号泣というより絶叫だった。見た瞬間のインパクトはすごかったが、それが現役の県議だったことに衝撃が走った。

 平成26年(2014年)7月、政務活動費の詐取問題が発覚し、兵庫県議、野々村竜太郎氏が行った会見は見た人を驚愕させ呆れさせた。

「うゎぁ~この日本を~、あー世の中をぉ~変えたい」「命がけでぇ~。あなたにはわからないでしょうねぇ」と絶叫し、泣き喚く。自分は丁寧で真摯な人間だと強調するかのように、質問には耳に手を当てて目をつぶって聞き、口を手で隠して水を飲んだりとわざとらしい仕草ばかり。自己弁護が難しいと感じたのか、ある瞬間から泣き喚き始める。過ちも責任も認めず、謝罪や後悔の念も感じられない。反省の弁もなく、今後どうするかもない。

 自らの行為を誤魔化すためのパフォーマンスだったのか、それとも駄々をこねれば通ると思ったのか、人間性を疑いたくなる振る舞いだった。

「号泣県議」として全国区のニュースとなった ©時事通信社

「私は寝ていないんだ」

 トップとして言ってはならない一言だった。それも相手を指差してしまい、声は苛立っていた。平成12年(2000年)7月、集団食中毒事件を起こした「雪印乳業」石川哲郎社長の逆ギレは、トップの一言が企業のブランドイメージを失墜させるという顕著な例となった。

 雪印の牛乳を飲んで食中毒症状を訴えたのは13000人以上にのぼる。にもかかわらず雪印側の対応は後手に回り、会見の度に説明を二転三転させた。社長による会見が開かれるも、わずか10分で終了。会見後、石川氏はエレベーターに乗り込もうとしたところで記者らに囲まれると、彼らを指差し「いやそんなこと言ったってね、私は寝ていないんだ」と責めるような非難するような口調で言い放った。この一言で雪印は自己中心的で自分本位なマイナスイメージが強くなる。

 謝罪会見では感情のコントロールが重要である。特に怒りや苛立ち、憤りの感情には要注意だ。声にはわずかな感情の変化も表れるし、無意識の仕草は感情を強調することになる。感情的になれば、記者の後に世間の目があることもつい忘れてしまう。この事件は、日本のリスクマネジメントや企業広報において、最悪の事例とされている。

謝罪の意思があっても……

 他にも逆ギレ発言として非難を浴びた会見がある。平成23年(2011年)5月に「焼肉酒家えびす」が提供したユッケによる集団食中毒事件で、運営会社であるフーズ・フォーラスの勘坂康弘社長が行った謝罪会見だ。

フーズ・フォーラスの勘坂社長 ©共同通信社

「このような事態を起した、これに関しては真摯にお詫び申し上げる。大変失礼いたしました」

「取り返しのつかないことをしました。本当に申し訳ございません」

 謝罪の言葉は語気が荒く語尾を上げるため、憤りや怒りに満ちているように聞こえた。切り口上で身体を前後させるため、言葉を叩きつけているような印象を受ける。

 謝罪の意思があっても、このような口調や言い方、声音では謝罪は逆効果だ。自分の立場をわきまえていないと感じさせ、許しを請うという姿勢が見えなくなる。社長は衛生管理の甘さを認めたが、当時は生食用の肉について厚労省の規制もなければ、感染源もわからなかった。「法律で禁止すればいい。すべきです。禁止して頂きたい」と勘坂氏は訴えたが、言い方や口調のため逆ギレした責任転嫁に聞こえてしまう会見だった。