驚きの戦略で「将棋AIにも勝利」
豊島名人の大一番での戦略性といえば、第3回電王戦で対峙したYSS(将棋AI)との戦いを思い起こす。
筆者は裏方として携わり、各対局者と研究内容についてディスカッションする機会も多かった。その中で豊島名人は他の棋士とは全く違う戦略を準備しており、本当に驚いた。
京セラ創業者稲盛和夫会長の「構想を練るときは楽観的に、計画を練るときは悲観的に、そして、実行するときは、また楽観的に取り組むのです」という筆者の好きな言葉がある。
戦前に構想を練る段階では、新しいチャレンジに心踊らせる気持ちが大切だ。しかしいくら将棋AIで研究したとしても、将棋に絶対はない。研究だけで勝てることはない。計画を練るときはそう悲観的にとらえる必要がある。しかしいざ実戦では準備した構想を信じる気持ちが勝利を呼び込む。
電王戦での勝利はこの戦略を地でいくものだった。実戦で現れた驚嘆の踏み込みは、現在は研究が進んで無理気味とされている。しかし豊島名人はこの構想が理論的に無理であっても、将棋AIに勝つには踏み込んで激しい戦いにするしかないとある意味悲観的に考えていた。そして実戦ではその構想を信じた踏み込みが結果的に功を奏した。見事な戦略性による勝利だったのだ。
豊島名人の才能を開花させたのは将棋AI
豊島名人はプロの下部組織である奨励会を、新記録となるスピードで駆け上がった(記録は後に藤井聡太七段が更新した)。
筆者は奨励会の三段リーグで14歳の豊島三段と対戦している。その時は若さゆえの才能は感じたものの、まだ荒削りな印象もあった。ただ感想戦での受け答えは14歳とは思えない論理性を感じたことも記憶している。
豊島名人の才能を本格的に開花させたのは将棋AIの力だった。将棋AIは優秀なれど、使いこなすにはまた将棋の実力とは違った能力がいる。将棋AIの実力はいまも右肩上がりだが、強者ほどその強さを受け入れるのに抵抗感を持つものだ。また将棋AIを用いた勉強法を中心に据えるには、いままでの成功体験を振り払う必要がある。
豊島名人は将棋AIの強さを素直に認め、将棋AIを用いた勉強法も「試行錯誤を繰り返している」と述べており、自身の課題や将棋AIの進化に合わせて柔軟に変えているようだ。そこに将棋AIを使いこなす秘訣がある。
将棋AIを使いこなすと、研究に磨きがかかり、実力の底上げにつながる。前述した戦略性を強化するためには欠かせないツールなのだ。若くしてプロ入りする才能に加え、素直さと柔軟性で将棋AIを使いこなし、豊島名人は一瞬開いた「機会の窓」を活かして三冠という大きな結果を残すに至ったのだ。