昨年秋に公開され、国内の映画賞を総ナメにする勢いのアニメ映画「この世界の片隅に」(監督:片渕須直、原作:こうの史代)。この作品の大ヒットの要因のひとつとして挙げられるのが、3374人から約3900万円を集めたクラウドファンディングの存在だ。

 いしたにまさき(ブロガー、ライター、内閣広報室IT広報アドバイザー)、松島智(ウェブデザイナー)、藤村阿智(イラストレーター、ライター、同人作家)、山口真弘(ライター)の出資者4人が、出資を決めてから現在までを回顧する座談会の後編は、今回のクラウドファンディングで得た満足感、そして「クラウドファンディングでヒットした」と報じられることへの違和感などについて取り上げる。

(前編はこちら

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©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

「クラウドファンディングでヒットした」への違和感

山口真弘(以下山口) 「この世界の片隅に」がヒットした要因として、クラウドファンディングが挙げられることがよくありますけど、実際にクラウドファンディングに出資した制作支援メンバーの一人として、皆さんはどう思います?

いしたにまさき(以下いしたに) うーん、言いすぎかな。一要素にしか過ぎない。

藤村阿智(以下藤村) 別にこれがなかったとしても、試写で観た人が「いいよ」って言った力で、ある程度のところまで来るんじゃないかな。少なくともクラウドファンディングだけではないと思いますね。

松島智(以下松島) ぼくもクラウドファンディングはそんな大きな要素ではないと思いますね。クラウドファンディングなどそれまでの経緯を記したデータがウェブにたくさんあったのは、映画が流行り始めたあと、この映画はなんだろう、この原作漫画ってなんだろうって調べた人には良かったのかもしれないですけど。

いしたに 映画にしてもプロダクトにしても、物がほぼ出来上がった状態で、はいスタートっていうところから口コミもスタートなんですよ。だから、口コミは少し遅れる傾向がある。でも、あれは前からやっているので、口コミも始まりが早かった。

 これは僕の専門領域になりますけど、口コミにはシーディングとバズの二局面が必要なんですよ。シーディングは熱量を込めるということで、熱量のないものにどんなに予算を投下してもバズらない。普通はそれをリリース後にやるから、時間差でバズがちょっと遅れるんですが、あの映画は(クラウドファンディングによって)シーディングが全部終わっているので、その効果はものすごくあった。ただ、ドーンとブレイクするところにあれが効いたかというと、ちょっとハテナです。

山口 なるほど。皆さんの話を聞いても、クラウドファンディングの出資をしてから公開までの間に何をやったかっていうと、みんなほとんど何もしてないんですよね。もちろんネットとかで熱心に宣伝されているファンの方はたくさんいますけど、クラウドファンディングで出資した全員が、東奔西走して宣伝したかと言われると、ちょっと違う。

山口真弘:ライター。電子書籍端末のほかPC周辺機器・サービスなどをIT関連のレビューを手掛ける。文春オンラインではPC・スマホを中心としたハウツー記事を連載中

いしたに ないないないない(笑)。

藤村 それはないですね。ただ、単に応援しているというだけの映画であれば、1回観に行って「ああよかった。いいのができた。あとは円盤を待とう」ってなるぐらいで、9回も観に行っていないと思うんですよね(編注:藤村氏はこの座談会が行われた2月上旬までに延べ9回、劇場に足を運んでいる)。

いしたに その、1回か2回で終わっていたはずのものを9回にしてしまうのがシーディングの力だと思うんですよね。

山口 クラウドファンディング以外で、ヒットの要因は、なんだと思いますか。

藤村 私はのんちゃんがすごかったと思います。

いしたに いや、のんちゃんだと思いますよ。

藤村 のんちゃんだったからこそ、NHKがあれだけ報じたんでしょうし。朝ドラに出ていた人の知名度ってすごいですからね。おじいちゃんおばあちゃんから私たちの親世代、60代ぐらいの人まで、みんな朝ドラで見て知っているんですよね。

いしたに 桁が違うんですよ。「あまちゃん」以降ヒット作に恵まれていなかった能年玲奈が、本当にピッタリはまって。

藤村 初日に行ったユーロスペースの舞台挨拶回で、よく片渕監督が言っている「娘40代お母さん70代」みたいな娘さんとお母さんが隣にいたんですね。で「この映画はクラウドファンディングなんだって」「どんな話なんだろうね」って言っていて、うちの夫がすごく不思議がっていたんですよ。初日の舞台挨拶を見に来るような、しかもチケットの争奪が結構激しかった回に来るような人が、映画について詳しく知らないのはなぜだろうと。今思えば、のんちゃんの舞台挨拶があるから来たんだろうなと。

いしたに 僕の周りでも、そんなにアニメを見ない人たちの感想が、もう全部判で押したように一緒で、のんちゃんがすごかったっていう。みんなが知っているピースが一つあるのは、口コミにおいてものすごく強力ですからね。

©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

山口 僕はのんさんに決まったと聞いた時点で、最初「えっ」て思ったんですよ。というのは、作品をヒットさせるために、タレント個人の人気にすがる方向にいっちゃったのかなと。実際、作品のアウトラインができあがってからはめ込むには、あまりに大きすぎるピースでしたし。ところが、最初から監督の構想にあったんだと聞いて、ああそうだったのか、疑ってすみませんでしたと(笑)。本編を観ても、演技にはケチのつけようもなかった。

いしたに でも正直、あの段階で選ぶのはリスクテイクしかないですよ。だって彼女を呼んだ時点で結構テレビの扱いが悪くなりますから。普通の映画の文法でいうと嫌いますよね。でも、干されている期間があって、今回カムバックみたいな感じじゃないですか。持っている人っていうのはこういうものなんだなと正直思いましたね。

 あと、僕は本や製品を出す立場にいるんですけど、クラウドファンディングのあの段階で、あの情報しかない時点でお金を出して支えてくれる人たちがあれだけいたのは、スタッフの方の心の支えとしては強いものがあったと思いますよ。そもそもアニメーションや漫画で、作者に対して直接お金を払う方法ってあまりないんですよ。どんなに気に入っても、単行本を100冊も買わないじゃないですか。1万円を出そうと思ってもなかなかその方法がない。だからいい落とし所であったとは思います。金額的にも内容的にも、とてもいいバランスだったなと。