人類が宇宙へ行く意義
「その彼が言っていたのが、地球以外の生命維持拠点を作れるときに作っておくことの重要性でした。そもそも我々宇宙飛行士は、常にバックアップの必要性を意識しながら仕事をしています。コンピュータが壊れたら、もう一つの方を使って生き延びる。エアコンも複数あって、一つが壊れたら残りのシステムで乗り切る。そのように必ず冗長系の考え方を取る姿勢が、私たちには染み付いています。
しかし、この世界には飛行機の翼のように、絶対に壊れてはならない構造もある。それが地球です。この地球の環境を壊したら我々は死に絶えてしまう。ただ、よく考えればこの地球もまた、いつかは消えてなくなるわけです。では、そのための準備を人類はいつから始めるべきなのか。宇宙に行くことで得られる知見は、技術的なことだけではなく、そうしたフィロソフィカルな視点から、我々が人類の存続のためになすべきことは何なのか、という問いを生まざるを得ないはずです。
私はそのように人類が活動領域を広げることをコントロールするのは、AIではなくやはり人間自身でありたい、と思っています。生身の人間が主導権を握って活動領域を広げることに意義を感じられなければ、我々は滅びるしかないという気がするからです」
宇宙から地球を見ていると、この惑星がなぜ宇宙船地球号と呼ばれるのかが分かる、と若田は他の飛行士たちと同じように続けた。宇宙船内ではエアコンや二酸化炭素除去装置が故障すれば、それがすぐさま深刻な状況をもたらすように、いつかそれと全く同じことが、この地球でも起こるかもしれないのだ、と。
「小さな宇宙船でそうしたリスクとともに暮らしていると、気候変動に対応し、地球環境をアクティブにコントロールして守る技術の確立こそが、科学技術を持っている生命体としての義務ではないか、と実感します。それは我々が種を存続させていくための危機管理であり、宇宙開発や宇宙飛行士の仕事の究極的な目的なのだと思うのです」
人はなぜ宇宙へ行くのか――。
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