「誰にも聞かれていない場所で演説を続けられるようになって、ようやく一人前なんですよ」。中村喜四郎の言葉だ。“日本一選挙に強い男”とも呼ばれる衆院議員である。何しろ無所属での当選回数のレコードを持つ。選挙に勝つこと14回、そのうち7回が無所属での選挙になる。

まさに「地獄の黙示録」のカーツ大佐を見るかのよう

2014年の総選挙で当選が決まり、笑顔で花束を受け取る中村氏 ©共同通信社

 そんな中村の名を聞いても、「むかし逮捕されてムショに入ったひと」くらいのイメージしかもたないひとは多かろう。それもやむを得まい。なにしろ四半世紀近く、ろくにメディア露出してこなかったのだから。ゼネコン汚職で「国策捜査」のようにして逮捕(1994年)され、有罪判決を受けて下獄(2003年)する。検察の取調に完全黙秘を貫いた中村は、マスコミに対しても一切を語ることなく、ただ選挙に出て、ひたすら当選し続けた。

 その間、すし詰めの支援者を前にして、はちまき姿で演説する中村の狂気じみた姿をニュース映像でときおり見た。「中村教」と支援者たちは言うのだが、それはまさに「地獄の黙示録」のカーツ大佐を見るかのようであった。沈黙を続ける中村の闇の奥に入っていったのがノンフィクションライターの常井健一である。『無敗の男 中村喜四郎 全告白』(文藝春秋)はその著書だ。

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『無敗の男 中村喜四郎 全告白』(文藝春秋)

 中村は、選挙ともなると決起集会に5000人を集め、1日20箇所まわり、「夜は個人演説会で千人以上、全員に握手して二時間叫ぶ」のだという。68歳でむかえた先の衆議院選挙も、そうした人気アイドル顔負けの活動を連日こなして当選を果たす。このような熱狂は日頃の地道な活動の下地があってこそだ。中村は「無反応を確かめる」ように街宣活動を続け、ひとのいない場所にひとりで立って演説をする。端からみればバカバカしいことを続けることで、信用を得ていくのだという。

選挙における「音」でいえば……

 そして、中村ならではの選挙戦術がオートバイだ。「オートバイに乗って遊説する時は静かに乗っていてはダメなんですよ、静かでは。音が人を興奮させるわけだから、うるさくないと意味がない」と言う。

 選挙における「音」でいえば、山本太郎も音にこだわる。なにしろ「選挙フェス」を謳うくらいだ。これまた常井による「れいわ新選組・山本太郎の研究」(「文藝春秋」2019年10月号)によると、山本陣営は10人近くの音響のプロを抱え、演説会場には録音スタジオでも使われる音響ミキサーや超高性能スピーカーが配置されるのだという。そうまでして聞き心地を追求するのは、「山本の演説を聴いた人の数しか支持者は生まれないからだ。『声が聞こえる範囲にしか人は集まらない』というリアリズム」に徹してのことだと常井は記している。