それだけではありません。実際には感染しているのに、陰性となる「偽陰性」の人が3000人も出ることになります。もしこれだけの人が「陰性だから安心」と誤解して普通に生活することになったら、感染の連鎖が止まらなくなってしまうでしょう。
このシミュレーションの結果から見ても、「PCR検査をどんどん増やすべきだ」という意見がいかに軽率な考えであるか、ご理解いただけたのではないでしょうか。
では、PCR検査が有効なのはどんな場合か?
このように、PCR検査は有病率が低い大きな集団に行っても無意味なのです。しかし、だからといってPCR検査自体がまったく無意味ということにはなりません。今度は、仮に200人のうち100人が感染しているクラスター(感染率50%の集団)にPCR検査を行った場合を考えてみましょう。
すると、上の(表2)の通り、正しく陽性と判定できた感染者が70人(感染者100人×70%)、間違って陽性と判定してしまう非感染者が1人(非感染者100人×1%)となり、陽性的中率は70人÷(70人+1人)×100=98.6%となります。つまり、感染者が多いと予想される小さな集団にPCR検査を行った場合の「陽性」判定は、ある程度信頼性が高いと見なすことができるのです。
ただし、陰性と出た人のうち本当に感染していなかった人の割合を示す「陰性的中率」を見ると約77%(99÷129×100)です。つまり、陰性と判定されても実は感染している人が20%以上(100%-約77%=約23%)も混じっているので、他の病気が原因と確定診断できない限り、たとえ陰性でも臨床的には「全員コロナウイルスに感染している」という前提で対処するしかありません。
こうした科学的議論に触れないワイドショー
「結論」をまとめます。PCR検査は「感染確率の低い大きな集団に実施すればするほど精度が低くなり、無意味な検査になってしまう」一方で、「感染確率の高い小さな集団に行うと陽性の判定については信頼性が高い。だが、陰性だからといって感染していない証明にはならない」ということです。
実際、これまで行政が行ってきたPCR検査は、37.5℃以上の発熱または呼吸器症状のある人で、新型コロナウイルス感染が確定した人や流行地域に渡航または居住していた人と濃厚接触のある人などを対象としてきました(「新型コロナウイルス感染症に関する行政検査について(依頼)令和2年2月17日厚生労働省健康局結核感染症課」)。
その基準が適切かどうかは議論の余地があると思いますが、少なくとも検査前確率の高い人や感染者と濃厚接触したクラスターに検査対象を絞り、判定結果を確定診断や疫学調査に使うという考え方は、間違っていなかったと思います。実はWHOも前述の会見の後の発言記録で、「感染者と接触した人が(発熱などの)症状を示した場合にのみ、検査を行うことをWHOは勧めています」と注釈を付し、火消しに走ったと伝えられています(「東京新聞WEB「WHO事務局長、検査の徹底要求 専門家に慎重論、火消しも」2020年3月17日」)。
テレビのワイドショー等で上記のような「検査前確率」「偽陽性」「偽陰性」「陽性的中率」を踏まえた解説がされたことがあったでしょうか。PCR検査を取り上げるなら、ワイドショーでも解説すべきだと思いますが、少なくとも私は見た記憶がありません。そのような安易な伝え方が、「安倍政権が実態を隠蔽するために、検査数が少ないのだ」という陰謀論を生む温床にもなってしまっていると思います。