ジャレド・ダイアモンドによる異色の歴史書『銃・病原菌・鉄』。新型コロナウイルスの感染拡大を前に、この世界的ベストセラーを再び手に取る人が増えているという。本書に綴られた「人類とウイルスの歴史」から、“コロナ時代”を生きる私たちが学べるものとは――。大阪大学医学部教授で病理学の専門家、仲野徹氏が紹介する!

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『銃・病原菌・鉄』、いわずとしれた、ピューリッツァー賞に輝いたジャレド・ダイアモンドの名著である。ニューギニア人であるヤリの「なぜヨーロッパ人がニューギニア人を征服し、ニューギニア人がヨーロッパ人を征服することにならなかったのか?」という問いに答えるべく書かれたこの本。人類1万3000年の歴史について、人類学、地理学、遺伝学だけでなく、植物学や言語学も駆使して、文字通り縦横無尽に論が展開されていく。

 畢生の名著が快刀乱麻を断つがごとく導き出す結論は極めて明快である。世界における文明発祥の違いや現代世界における富と権力の不均衡を生み出したのは、「人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない」ということだ。

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インカ帝国の遺跡「マチュピチュ」 ©iStock.com

 さらに、「人類社会を形成したのは、征服と疫病と殺戮の歴史」であったとする。そのことを説明する顕著な例としてあげられているのが、スペイン人フランシスコ・ピサロによるインカ帝国の征服だ。文字を読むことすらできなかったピサロが、ならず者の部下といっしょに、いかにしてそのような「偉業」を成し遂げることができたのか、その答えが、タイトルの『銃・病原菌・鉄』である。

168人の軍勢で8万人に勝利できた理由

 1532年、ピサロとインカ皇帝アタワルパがペルー北方の高地カハマルカで出会った時、一瞬といっていいほどの時間で、その勝負に決着がついた。何百万の臣民を抱える皇帝アタワルパの率いる兵士は8万人。それに対するピサロの軍勢はわずか168人にすぎなかったにも関わらず、あっという間にアタワルパが捕らえられてしまったのだ。

『銃・病原菌・鉄』の表紙絵にもなっている「ペルーのインカ国王を捕えるピサロ」(1846年) ©getty

 インカの人びとがそれまでに見たこともなかった動物である馬の突撃、銃による攻撃のインパクトが大きすぎて、驚きのあまり逃げ惑うしかなかったのだ。そして、武器を作り出す素材の違い。インカには石や青銅で作られた棍棒のような武器しかなかったが、ピサロ軍団は鉄製の武器を持っていた。勝負にならなかったのは当然だ。ちなみに、鉄や銃は、ユーラシア大陸において、その地の利から発明され伝播されたものである。

 しかし、インカ帝国を滅亡に導いた最大の要因は、もうひとつ別のものであった。