「頭をからっぽにして見られる」をも超える勢い
もうおわかりだろうか。『M 愛すべき人がいて』は、大袈裟でツッコミどころ満載な大爆笑ドラマなのである。そして「笑い」の要素こそ、SNSでヒットした理由だろう。堂々と有り得ない展開が連発されるため、ツッコミを入れながらみんなで実況が楽しめる。頭をからっぽにして見られるというか、すべてのシーンがツッコミどころ満載なので、深く考えずに見ないと振り落とされてしまう。
『M』には、視聴者に無防備な「笑い」を強要するかのようなエネルギーがある。くだらないと言い切ることもできるが、くだらないからこそ、新型コロナウイルスの猛威を忘れられる「安息」としての需要があることも否定できない。
作り手のほうも、こうした反響を意識して宣伝を行っている。たとえば、「SNS大反響!」と喧伝する予告動画では「ツッコミ所満載」、「ありえない展開」、「ぶっ飛び方がすごい!」といった言葉が並んでいる。安心して笑えるウェルメイド・コメディというわけだ。
つい語りたくなってしまう「ノスタルジー」という武器
平成のスーパースター浜崎あゆみの栄華を追うだけあり、音楽も魅力だ。iMacやMDを小道具にするドラマ版『M』は細かく1990年代の東京を再現している。
とくに気合いが入っているのは、おもに新進アーティストによってカバーされる劇中歌。TRFやMr.Children、篠原涼子『恋(いと)しさと せつなさと 心強さと』、globe『DEPARTURES』、相川七瀬『夢見る少女じゃいられない』など、当時を生きた人なら懐かしさを感じずにはいられないラインナップが目白押しだ。脚本を担当する鈴木おさむは、これまた笑える泥沼恋愛ドラマ『奪い愛、冬』をヒットに導いた作家だが、『M』の場合、人々がつい語りたくなってしまう「ノスタルジー」という武器も備わっている。
さらに、マサから7回も電話がかかってくるシーンでは浜崎あゆみの人気曲『appears』の歌詞を踏襲……といった風に、ファンの間で考察を喚起させる芸も細かい。マサのライバルとされる小室哲哉らしきキャラクターが(おそらくはデビュー初期をイメージした)超個性的なヴィジュアルだったりするので、音楽関連のツッコミどころもきちんと用意されている。
なんとも楽しいドラマ版『M 愛すべき人がいて』だが、気にかかることは、浜崎あゆみ本人の心持ちだ。実在の人物をモデルにここまで「笑える」話にするのはいかがなものか、といった懸念は方々からあがっている。
ただし、個人的に、今回のドラマを機に浜崎あゆみが再評価される未来もあり得ると考える。同作では、浜崎あゆみの作品に関しては本人歌唱の原曲が流れる。いろいろ情報過多なドラマのなかで耳にすると、サウンドの完成度はもちろん、声質の個性、そして歌唱のクオリティが非常に高いポップソングであることを改めて思い知らされるのだ。