都合のいい情報だけをピックアップする「チェリーピッキング」
では、先の少年による凶悪犯罪件数から導き出されたような誤った帰納的論理展開を見抜くにはどうすればよいのでしょうか? それは、「結論ありきで都合のいい情報だけピックアップしているのではないか?」と疑うことです。これを「チェリーピッキング」と呼びます。
営業担当者が競合他社との比較表を作って自社製品の優位性を説明する際、自社が勝っている項目のみで比較表を作るのも、自分の主張を説明する際に賛成してくれた人の声だけを紹介して「AさんもBさんもこのように賛成しています」と説得するのも、メディアが街頭インタビューで特定の個人の意見を「街の声」と紹介するのも、ほとんどがこのチェリーピッキングと言っていいでしょう。
ですから、誰かが複数の情報を挙げて「これらのことから」と説明を始めたとき、それが屁理屈や詭弁であるかどうかは「サンプル不足ではないか?」「チェリーピッキングではないか?」と疑うことで見えてきます。
そのデータは捻じ曲げられたものではないのか?
そしてもうひとつ、誤った帰納的論理展開と戦うときに忘れてはならないポイントがあります。それは「使った情報の真偽」です。
ねつ造されたデータや意図的にねじ曲げられた誰かの意見を基に「これらのことから」と言うのは明らかに「悪意ある卑劣な行為」です。また、悪気はなくてもデマを真に受けてSNSで拡散してしまったり、データに計算ミスがある場合もあります。
ですから、「これらのことから~~」と推論にすぎない意見をさも当然のごとく押し付けられた場合は、根拠となる情報サンプルの背景にある偏りやその真偽にも気を配るクセをつけておく必要があります。
「新型コロナ感染者には若者が多い」と聞いて、若者憎しの世代間断絶が生まれる。「東京で感染者が爆発」と聞いて、東京と地方の断絶が生まれる。
今世界が直面している未曽有の危機を乗り越える上で、そうした断絶が言葉の表現方法や詭弁、屁理屈ひとつによって生まれてしまうのは、悲劇としか言いようがありません。
もしあなたが感染したとき、医療機関でリスクを抱えながら治療にあたってくれるのは、20代・30代の若い医療スタッフなのですから。