ブラックパワーを主張した黒人アスリートたち
黒人差別への異議をスポーツの場で表したケースでは、1968年メキシコ・オリンピックが思い出される。200m走で金メダル、銅メダルを獲得した米国のトミー・スミス、ジョン・カルロスの両選手は黒い革手袋をはめて表彰台に上がり、片手の拳を高く突き上げる「ブラック・パワー・サリュート」を行った。
その年、キング牧師暗殺と、それに端を発する暴動が全米各地で起きており、アメリカの人種問題が沸点に達していた中でのことだった。当時も「スポーツに政治を持ち込むな」と大いに物議を醸したが、サリュートの瞬間を捉えた写真は現在に至るまで、時代の象徴としてことあるごとに用いられている。
2016年にはNFLのコリン・キャパニック選手が黒人への警察の暴力に異議を唱え、試合前の国歌斉唱中に膝をついた。これも国を二分する大議論となり、キャパニック選手への賛同者が出ると同時に激しい批判も起こった。ちなみにキャパニック選手は黒人と白人のミックスである。
日本的視点での「人種と国籍が一致しない」選手はアメリカには多数存在する。MLBは全882選手のうち257人が米国以外の出身だ(2019年)。中南米出身者、つまりヒスパニックが多いが、彼らの中には黒人も含まれる。彼らが出生国の国籍を維持しているのか、米国籍を取得したのか、二重国籍なのかが問われることはない。
バッシングを覚悟で、信念に従い一人で行動した大坂なおみ選手
今回の大坂選手の行動を非難する前に、大坂選手はこれまでも日本人から「日本人」なのか、「黒人」なのかと意味のない問い掛けや批判を受けてきたこと、それを承知で黒人女性として棄権を決断したことを考える必要がある。
さらにチームとして試合をボイコットしたNBAやMLBの選手たちと異なり、単独行動であったことも特筆に値する。NFLがキャパニック選手との契約を打ち切って「フリーエージェント」とし、事実上の追放としたことは大坂選手ももちろん承知しているはずだ。
祖国日本からのバッシングを覚悟で自身の複雑なアイデンティティを明確に主張し、信念に従い、一人で行動した大坂なおみ選手。後ろ指を指す資格など、誰にもない。