花街での未成年飲酒やセクハラを告発し、一躍“時の人”となった元舞妓の桐貴清羽さん(23)。告発の反響は大きく、彼女の告発ツイートには現在31万回以上のいいねがつき、13万回以上リツイートされている。さまざまなメディアもこの告発の真偽を追及し、桐貴さん自身も、複数のメディアでこの件について語っている。

 しかしながら、花街関係者がSNSで《「置屋、お茶屋が舞妓にお酒を飲ませる、混浴を強いる」は全て嘘》と批判したり、関係者によると当の花街では告発を“封殺”するような動きも出ているという。こうした動きについて、桐貴さんは「改めて花街の“体質”を思い知らされた」と語る。

「置屋は芸を磨くための“研修の場”であり、舞妓は“修業中の身”なんです。なにがあっても口答えは絶対に許されません。私がセクハラや未成年飲酒について花街で相談をしても、『悪口』や『愚痴』程度にしか受け取られませんでした。

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 花街において、舞妓さんは“何もわからない子ども”。セクハラをされても『わからしまへん』と返すしかありません。純真無垢で、ひたむきでなければいけないのです。周囲からそう求められることで、舞妓さん自身もそういう認識を内面化し、花街の大人たちもそれが『正しいこと』だと信じ切っています。だから、花街関係者はいまだに私の告発を『なかったこと』にしようとできるんだと思います」

 桐貴さんは、どうやってこの「花街の体質」から抜け出したのだろうか――。(全2回の2回目。#1から読む)

舞妓だった頃の桐貴さん

 

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置き屋から提案された「身受け」

 桐貴さんは舞妓として日々を過ごすなかで、「お人形でいること」に慣れていった。しかし、ある男性客に「お前には自分の意見はないのか」と言われ、「自分を取り戻した」という。桐貴さんは髪を解いて置屋を抜け出し、タクシーに乗り込んだ。

 実家に身を寄せた桐貴さんだったが、すぐに置屋から連絡が入り、2016年2月末、桐貴さん、母、男性客、置屋のお母さんとお姉さんで話し合いの場が持たれた。その場で置屋から提案されたのが、違約金を支払う代わりに男性に責任を取ってもらう「身受け」の話だった。花街には、古くから客が舞妓や芸妓のパトロンとなる「旦那さん制度」が存在した。それが今も続いているのだという。

 当時、桐貴さんにはこの男性を含め3人の旦那さん候補者がいたという。