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プラットフォームがユーザーにもたらす情報の「質」

――ネットにあふれる情報については「クオリティーというものを、これから考える必要があるのではないか」とも仰っていました。また、EUは先日発表されたデジタルサービス法で、プラットフォームに対してヘイトスピーチや児童の性的虐待などの違法コンテンツ、選挙や公衆衛生に影響を与える故意の改竄情報に対処しなければ罰金を科するとしています。

杉本 国際的にもプラットフォームがユーザーにもたらす情報の「質」については議論が大きくなっているということですね。もっともニュースの質、情報の質について当局があれこれ口を出しては、検閲や世論誘導ということになってしまいます。質については、メディア界が議論すべきことだと思っています。そういう意味で、フェイクニュース規制については、ちょっと踏み込んで問題を投げかけたんです。

 

官僚は、守りつつもアグレッシブに行動しなければ

――ところで財務省OBとしては耳の痛い話と思いますが、近年の森友問題における文書改竄など、財務省をめぐる問題を見て、どのように思っていましたか。

杉本 個々の行動は大変問題だったと思います。こうした結果、ビジョンをしっかりと持った官僚がどんどん萎縮して、考えることが窮屈になり、守りに入ってしまうことを心配しています。官僚というのは将来を見据えて、守りつつもアグレッシブに行動しなければやっていけないものです。

 昔話になりますが、私が大学受験をした年は学生運動によって東大の安田講堂が占拠された1969年です。東大の入試は中止になり、1年だけ京大に通ったのですが当時の総長、奥田東さんが演台に立って入学式の訓辞を始めようとした途端に全共闘がワッショイワッショイと入学式を粉砕。その後は全学バリケードといって授業もすべてなくなりました。クラスでは討論会だけが行われましてね、先生方は校門の前に並べられた椅子に座らされて学生に「自己反省が足りない」なんて頭をポカッと殴られたりして。そんな時代だったんです。

 あれは全然間違った方向に行った運動だったと思いますけど、一つ言えるのは、若者が世の中を、日本をどうにかしなければいけないと、その熱いエネルギーを思い切り発露させていたということです。

 

 官僚という仕事の原点には、そういう熱いエネルギーがなければ務まりません。役人批判というものはいつの時代にも付き物ですし、正すべきところは正していかなければなりません。ですが、もし、これからの官僚に何かを伝えるとすれば、日本の将来のためにアグレッシブであれ、ということでしょうか。安住していては、何も生まれません。

写真=釜谷洋史/文藝春秋

デジタル時代の競争政策

杉本 和行

日本経済新聞出版

2019年8月24日 発売

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