面前DVという言葉がもたらした明と暗
2000年に児童虐待防止法が制定されたが、2004年に新たに付け加えられた文言がある。子どもの面前でDVが起きた場合、それは心理的虐待になるというものだ。当時、私はこれを読み、DVと虐待防止の分断がこれで解決できると期待したが、特に現場の対応に変化は起きなかった。
ところが、2012年に逗子で、翌13年には三鷹で凄惨なストーカー殺人事件が起き、警察庁がストーカー加害者対策を強化したことを契機に、女性と子どもへの安全対策も徹底されるようになった。そして、親告罪の範囲内ではあるが、警視庁管内ではDV加害者の積極的逮捕が増加した。また、全国的にDVを目撃した子どもが「面前DV=心理的虐待」被害を受けたとする判断から、警察から児童相談所へ通告されるようになった。その結果、虐待通報件数における心理的虐待の割合が増加の一途をたどり、2020年には約3分の2を心理的虐待が占め、警察による通報の割合も増加の一途をたどっている。
激増する通報で児童相談所はパンク状態に陥っており、面前DVに特化した対応は不十分な状態のままだ。また、DVで離婚調停を申し立てた女性が、紹介された弁護士に会った際、いきなり「あなたは子どもの加害者なのよ、面前DVという心理的虐待のことを知っているの?」と言われたという事態も生じている。
面前DVが登場する前は、DV被害者というポジションだけで対応が求められた被害女性に、新たに子どもにDVを見せた加害者というポジションが与えられたことになる。加害・被害パラダイムが家族関係のどの位相に適用されるかによって、いたずらにDV被害者を圧迫することになったのだ。もともと、世間はDVという言葉をそれほど歓迎はしていなかった。親密圏だけは好き放題できたはずだったと、多くの夫は思っていたからだ。
面前DVがもたらしたものの一つは、DVの加害・被害という明快な区分に「子どもの被害」という視点を持ち込んだこと。もう一つは、DV虐待対応における縦割行政を統合させる視点である。前者はイノセントなDV被害者像の転換であり、後者はDV虐待の包括的支援への推進力を意味する。