王族の名前を使用するときは、お伺いをたてるのが通例
仮にリリベットという特別な愛称ではなく「エリザベス・ダイアナ・マウントバッテン=ウィンザー」だったら、ここまでの批判にはならなかったかもしれません。ただ、いずれにしても王族の名前を使用するときは、時の君主にお伺いをたてるのが通例です。ヘンリー王子とメーガン妃が、しっかりとエリザベス女王に許可をとったのかどうかは夫妻側と王室側で見解が食い違っており、はっきりとしていません。
ヘンリー王子とメーガン妃の騒動が続く理由の一つは、いくら彼らが「経済的独立をする」と言っても、その経済的独立を果たすためには、王室という肩書に頼って稼ぐしかないからでしょう。メーガン妃は、かつては女優として活動していましたが、その経歴は決してオスカー女優並の華やかなものとは言えません。女優として、彼女が経済的独立を獲得するだけの収入を得ることはほぼ不可能といっていいでしょう。
ただ、アメリカという国は「ロイヤル」が好きです。移住してきた2人をもてはやしたり、近づいてくる人たちも多い。だからこそ、人気司会者オプラ・ウィンフリーとの対談やSpotify、Netflixとの大型契約も実現できたのではないでしょうか。英国にいたころと違い、王室での慣習にとらわれず米国で自由に振る舞える。ですから、ある意味では、こうした騒動が米国発で起きているのも当然と言えば当然なのです。
つい比較したくなる、エドワード8世の「王冠を賭けた恋」
今のヘンリー王子とメーガン妃を見ていると、「王冠を賭けた恋」とも言われたエドワード8世とつい比較したくなります。1936年、エドワード8世は王であるよりも当時人妻であったウォリスとの結婚を選び、在位期間わずか325日で退位。王室を捨て、フランスのパリ郊外でウォリスと密かに暮らす道を選びました。王室からの手当ては支給されていましたが、英国に戻ることはなくひっそりとフランスで生涯を終えました。
エドワード8世のように、かつては、王室を出て行った者は、あれこれ言うべきではないという“常識”が離脱する側にも備わっていた気がします。しかし、今のヘンリー王子とメーガン妃を見ていると、「何でもあり」になってしまっている。もちろん、王室に対する敬意も時代とともに変化していますし、当時と今では時代性が異なるので、単純に比較することは難しいかもしれませんが、エドワード8世が王室に関する愚痴や批判を言うことはありませんでした。一個人としてこれ以上は言ってはいけないという節度があったように感じます。