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 私が期待しているのは、芸術です。脳科学的には、美とは「利他の実践」といってよいものです。「Aを選択すると自分だけが得をし、Bを選択すると自分は得をしないかもしれないがみんなの得になる」という場合、Aを選べば汚い人、Bを選べば美しい人と言われる。脳には自然にそう判断する仕組みがあるのです。

 芸術は本来、寡占したり、投機的に利用したりするものではなく、互恵関係を長く築いていく美意識を養い、長期的な視座をもたらすものとして発展してきた側面があります。芸術のもたらす視座が脳に構築する新しいパラダイムについての研究に現在、私も取り組んでいます。

週刊文春WOMAN vol.14(2022年 夏号)

Q ゼレンスキー大統領の演説は、なぜ、これほどまでに心を掴むのでしょう? 彼が煽る「愛国心」もまた危険では?

 話の上手な人とは、実は話を聞くのがうまい人です。必ずしも話を聞かなくても、相手が話してほしいと思っていることを察し、話すことができる。最も上手な話し方は、相手の傷を埋めるように話をすることです。

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「理不尽な扱いを受けて悔しいね」「あなたが傷を抱えていることを僕だけは知っている。僕も同じ傷を抱えているんだよ」

 ……相手の心の傷を見抜いて、「それを埋めることができるのは僕だけだよ」と語りかける。一歩間違えると女たらしの常套句のようですが、実は人を説得するのにはこの方法が有効なのです。

 演説で人の心を掴むには、大所高所からモノを言うのではなく、感情に訴えるのが効果的です。聞く人の理性よりも情動を揺さぶるのです。ゼレンスキー大統領の技術は見事です。このテクニックは各国の議会における演説で存分に発揮されていました。

 最初のイギリス議会ではハムレットの「生きるべきか、死ぬべきか」、アメリカ議会ではキング牧師の「私には夢がある」。その国の誰もが知るフレーズを使いました。

 日本に向けた演説ではロシアの侵攻を津波にたとえ、「私たちも皆さんと同じように故郷を奪われた」と語り掛け、東日本大震災の被災者と同じ傷を持っていると訴えました。当然、スピーチライターもいるはずで、ご当地演説と揶揄する人もいたようですが、現地の事情、国民感情に寄り添う心を感じさせる内容でした。

 メラビアンの法則という有名な心理学の法則があります。相手の見た目、音声、言語が矛盾している場合、人はどれに最も影響されて判断するかを調べたもので、見た目が55%、声の大きさや話すスピードが38%、会話の内容である「言語」はわずか7%でした。