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「マンガは新人でもベテランと戦えるメディアなんですよ」7つのペンネームを使い分ける「超一流マンガ原作者」の正体

『「週刊少年マガジン」はどのようにマンガの歴史を築き上げてきたのか? 1959-2009』 #3

2022/08/13
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 先に触れた『キラキラ!』の安達哲に加えて、『シュート!』の大島司、『GTO』の藤沢とおる、『金田一少年の事件簿』のさとうふみやなど、何人もの売れっ子を発掘した名伯楽としても知られる。

「売れる絵には2種類あります」と樹林は指摘する。

「味かデッサン力。どちらかがないといけない。僕自身が担当した作家でいえば、大島司や朝基まさしはデッサン力、両方持っているのが藤沢とおるです」

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 朝基まさしも樹林が育てたマンガ家のひとりだ。「マガジン」で連載した『サイコメトラーEIJI』『クニミツの政』『シバトラ』はいずれも安童夕馬(樹林)の原作。ちなみに、3作すべてがテレビドラマ化されている。

 樹林との出会いは高校生のとき。「マガジン」の月例新人賞に短いギャグマンガを投稿したら最終選考に残った。そのとき電話をかけてきたのが、まだ新人だった樹林だ。その後、大島司のアシスタントを経てデビューした。

 朝基は次のように樹林を評する。

「コマの割り方や演出方法など、マンガの“見せ方”はかなり樹林さんに教えてもらいましたね。編集者としても群を抜いているし、原作者としてはすごく柔軟な姿勢を持っています。梶原一騎は一字一句直させなかったと聞きますけど、樹林さんはまったくそんなことはない。僕や編集者の意見も聞いて、いいと思えばあっさり変える。もともと編集者ですから、冷静にマンガを見られる目を持っているんでしょうね」

 朝基の出世作『サイコメトラーEIJI』は、駆け出しだった栗田編集長も担当のひとりだった。その当時、まさしく朝基の言葉を裏付ける体験をしたという。

樹林氏が安童夕馬名義で原作を担当した『サイコメトリーEIJI』(画像:講談社公式サイトより)

「樹林さんはつまらないプライドがなくて、とにかく“面白い”ということが価値観の最上位にある。『サイコメトラーEIJI』のネームで、2時間くらい樹林さんともめたことがありました。最後には『じゃあ、お前が原作書け!』と言われて、徹夜して書いたんです。翌朝、それを樹林さんに見せたら『なるほど、こういうことか。よし、これで行こう』と。この人、すげえ!と思いました。

 駆け出しの後輩と2時間もやり合ったら、普通はプライドもあって引けないでしょう。それをあっさり自分の意見を捨ててしまえる。『先輩も後輩も関係ない。とにかく面白いものを作ればいいんだ』と公言して、それを体現していたし、他人が出した面白いアイデアをさらに面白くしたい気持ちがとても強い人でした」