新人時代の樹林は自分に頭を下げた五十嵐隆夫編集長に驚いていたが、いつしか自身も同じ行動を取れるようになっていたわけだ。
原作者として梶原一騎のようなプライドを持っていないのは、樹林がみずからを「第一に編集者」だと考えていることが大きいのかもしれない。後に講談社を辞めてフリーランスになったときも、「編集者から原作者に転職」したのではなく、「フリーの編集者として独立した」のだと樹林は表現する。
「原作者というより、絵も含めてトータルで見ていく編集者ですね。もちろん、担当編集者の意見は尊重します。納得さえできればいつでも書き直す。自分と相手の意見が違うとき、同じくらいのレベルなら迷わず相手の意見を取ります。誰でも自分の意見は通したいでしょう。それが相手と同じレベルに感じられるということは、実際は相手の方が面白いから。簡単な理屈ですよ」
樹林伸の仕事哲学
樹林がストーリーを作る上で心がけていることはいくつかあるが、ひとつは「読者に必要以上のショックを与えない」ことだ。
例えば、伊賀大晃の名義で書いた『エリアの騎士』(画・月山可也)では、序盤早々に主人公の兄が死んでしまう。「鋭い読者にはそれが予感できるように描いた」と樹林は打ち明ける。
「意外なものは意外と簡単にできる。インパクトを出し過ぎて失望感を持たせてしまったら、新人の作品なんか読まなくなっちゃいますよ。だから、あえて兄のキャラクターを立たせる前に殺しました」
それは自身の経験が大きいという。
学生時代、「サンデー」の『タッチ』をリアルタイムで愛読していた。途中、主人公・達也の弟である和也が急死する。『あしたのジョー』における「力石の死」のような不可欠の名場面だが、連載当時は「サンデー」編集部に抗議の電話が殺到したらしい。寝耳に水の展開に、樹林も大きなショックを受けた。
もちろん、あだち充が「和也を殺した」ことは決して間違っていない。そもそも『タッチ』というタイトルには、「弟から兄へのバトンタッチ」という意味もあったという。後からの思いつきではなく、開始当初から予定されていた展開だ。
だが、あだちは当時すでに人気作家だったから良かったが、「新人だったらアウトだったかもしれない」と樹林は言う。
「ともかく、僕はそこで『タッチ』を読むのをやめてしまいました。いまだにその後の展開は知りません――。僕が担当なら、新人にそんな冒険はさせませんよ。だから『シュート!』でも、久保のキャラが立つ前に殺すことを心がけたんです。当時は(作者の)大島司も新人でしたから」
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