「小説で毎回ペンネームを変えていては、どんなに面白い作品を書いても売れないでしょう。でもマンガの場合は中身さえ面白ければ売れる。新人でもベテランと戦えるメディアなんですよ」

 業界内ではその名を知らぬ人はいないと言われる、マンガ原作者の樹林伸(きばやし・しん)氏。そんな彼が自身の名を売ることを捨て、あえて「7つのペンネーム」を使い分ける理由とは? ライターの伊藤和弘氏による新刊『「週刊少年マガジン」はどのようにマンガの歴史を築き上げてきたのか? 1959ー2009』より一部抜粋してお届けする。(全3回の3回目/#1#2を読む)

マンガ原作者・樹林伸はなぜ「7つのペンネーム」を使い分けるのか? 写真はイメージです ©iStock.com

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「7つの名を持つ原作者」樹林伸

 樹林伸という名は、一般にはそれほど知られていないかもしれない。しかし、マンガ業界では「超」がつく有名人だ。

『金田一少年の事件簿』の原作者・天樹征丸、『Get Backers奪還屋』の青樹佑夜、『エリアの騎士』の伊賀大晃、『ブラッディ・マンデイ』の龍門諒、『探偵犬シャードック』の安童夕馬、『神の雫』(「モーニング」連載)の亜樹直。これらすべてが樹林のペンネームである。

 人呼んで“7つの名を持つ原作者”――。

 多くのペンネームを使い分け、平成後半には常に「マガジン」で複数の連載を抱える“平成の梶原一騎”とも呼べる活躍を見せた(2022年も「伊賀大晃」が連載)。さらに本名で小説まで書くのだから、梶原以上かもしれない。

 いくつもペンネームを持っているのは、「読者に先入観を与えず、常に新人として向き合いたいから」と樹林は説明する。

「小説で毎回ペンネームを変えていては、どんなに面白い作品を書いても売れないでしょう。でもマンガの場合は中身さえ面白ければ売れる。新人でもベテランと戦えるメディアなんですよ」

 もともと樹林は「マガジン」編集部在籍中から名物編集者として内外に知られていた。1987(昭和62)年の入社と同時に「マガジン」に配属され、『コータローまかりとおる!』の蛭田達也や『あいつとララバイ』の楠みちはるを担当した。

「楠さんは営業マンをやっても良かったんじゃないか、というくらい喋りもすごく面白い人で。台詞の入れ方、キレっていうんですかね、いつも『うまいなぁ』と思っていた。盛り上げどころをどう作るかなど、後に原作者になる上でとても参考になりました」

 五十嵐隆夫編集長が提唱したプロデューサー・システムによって、早くからストーリー作りにも積極的にかかわるようになった。1990(平成2)年から始まり、「な…なんだってー!!」の名フレーズで知られるノンフィクションマンガ『MMR マガジンミステリー調査班』(石垣ゆうき)には、主人公の「キバヤシ」として登場する。樹林にひと目でも会おうと、アポなしで編集部を訪ねてくるファンも珍しくなかったそうだ。

樹林氏が主人公「キバヤシ」のモデルとなった『MMR マガジンミステリー調査班』(画像:講談社公式サイトより)

 2017(平成29)年から「マガジン」第11代編集長を務める栗田宏俊は、1994(平成6)年の入社後すぐに「マガジン」に配属された。指導社員になったのが8年目を迎えていた樹林だった。

「マンガ作りのイロハはすべて樹林さんに教わった。それまで持っていた編集者の概念をくつがえされました。たとえば、編集者は『ネームを切れるようにならなきゃダメだ』と言うわけですよ」