目の前に立ちはだかった「半沢直樹」という最大の壁
ドラマ制作の準備を進める中で、目の前に立ちはだかった最大の壁は、「半沢直樹」だ。テレビドラマ界においては近年最大のヒット作であるし、私も一視聴者として、原作の『オレたちバブル入行組』『オレたち花のバブル組』と比べながら、「なるほど、このエピソードやキャラクターを膨らまして、ここは短くしてるんだな」などと、興味深く観ていたものだ。「花咲舞が黙ってない」は、その放送から一年も経たずに世に出る池井戸潤原作ドラマだった。しかも、舞台は銀行。日本テレビがドラマ化をオファーしたのは半沢ブームが起こる前なので、決して二匹目のドジョウを狙ったわけではないのだが、「半沢直樹の女版」という目で見られて、いろいろと比較されることが容易に想像できた。そんな、とてつもなく大きなプレッシャーと戦わなければならなかったのだ。
一方で、当初から私はこのドラマを「半沢直樹」とは一線を画すものと意識して脚本作りに臨んでいた。一話完結で、明るくコメディタッチ。毎回、舞が放つ言葉で見た人をスカッとさせる、単純明快で痛快なストーリー。それが、私が目指した基本スタイルだ。
その脚本作りの中で思った以上に苦労したのは、銀行という特殊な世界で起きた事件をわかりやすく描くことだった。できるだけ事件の構造を簡略化したり、専門用語を減らして説明テロップを出さなくてもストーリーがわかるようにしたのだが、そのためにはこちらもかなりの金融知識が必要で、何人もの現役銀行員に取材し、元銀行員に台本の監修をお願いしてきた。アイデアが浮かぶとすぐに電話して意見をもらうことも、私の日常となっていたぐらいだ。その中でわかったのは、現在の銀行では、小説にあるような不祥事が起きないように様々な対策がなされていること。池井戸さんが最初に『不祥事』の単行本を刊行した二〇〇四年から十年が経っていたこともあり、現役銀行員の方から「今のシステムではこの問題は起きない」と言われて、「三番窓口」のエピソードはドラマにするのを断念せざるをえなかった。
一番気をつけたのは、主人公・舞の言動だ。前述したように、『不祥事』には心に響く舞の言葉が数多くあるが、実写での表現の仕方はとても難しい。どうすればその言葉がすんなり視聴者に伝えられるかを考え、花咲舞というキャラクターの肉付けをしていった。まず、小説の中では描かれていない舞の私生活と内面描写を積極的にして、仕事もするけれど恋もする普通の女性として描くようにした。父親役を作って、居酒屋を営んでいる設定にしたのもそのためだ。決めゼリフのようになっている「お言葉を返すようですが」という言葉は、舞自身が立場を超えて発言することをちゃんとわかっていることを表すために作ったものだ。また、舞が正論を吐くことで不正や理不尽な状況を正そうとするのではなく、できるだけ彼女の感情のこもった言葉が周囲の人間を動かして解決に導くようなストーリー構成になるよう努めた。
このように、小説を連続ドラマにする際には、様々な設定の変更や追加が必要になる場合がある。当然、作り手によってドラマの方向性や雰囲気は大きく変わる。私が大切にしているのは、その作品の世界観と登場人物たちを愛することだ。花咲舞というキャラクターを愛するからこそ、彼女の魅力をもっと出すためによりよい設定はなにかを考えて脚本に入れ込むようにしている。