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厳しい現実を知った上で医学部にきてほしい

岩波 日本の大学病院では、教員に「研究」「教育」「臨床」という三つの役割が求められます。海外でも、大学病院の医師はそれらの役割をこなしていますが、日本の何倍もの人がいて、教育だけを専門とするスタッフもいたりするんです。にもかかわらず日本の大学病院は人を減らしてるんだから、三つの役割をパーフェクトにこなすなんて無理に決まっています。システム自体を変えないと、医師たちに頑張れといっても無理ですよ。

鳥集 確かに。先生がおっしゃったように「資格を求めて」だとか、「食いっぱぐれがない」だとか、そういう気持ちで医学部を目指す人も多いと思いますが、こうした厳しい現実もあることを少しでも知ったうえで、医学部に行くかどうか判断してほしいですね。

東京大学 ©iStock.com

岩波 実は2、3年前に、「在校生に医学部の話をしてほしい」と言われて、母校の高校に行ったことがあるんです。そこで「1年目は当直をいっぱいやらされて、月の3分の1以上当直することがある」とか、「僕もつい最近まで当直していました」とか言ったら、教師から「そんな夢のない話をしないでください」と言われました(笑)。

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鳥集 私も医療現場の取材をずっとやっていますが、国立大学医学部の教授から「大学に泊まり込んでいるので、早朝に取材に来てほしい」と言われたことがあります。早朝のケースはそんなにないですが、夜に取材させていただくことはしょっちゅうです。とくに大学病院やがんセンターのような施設の勤務医は、長時間よく働いているなと感心します。

岩波 ちょっと余裕がなさすぎますよね。上が動かないと下も動かない構造になっているので、教授や部長になっても頑張らなくてはいけない。たとえば僕は、ここ(昭和大学附属烏山病院)だけでなく、昭和大学病院附属東病院でも外来を受け持っているんです。病棟はそんなに見ていませんが、外来の数だけで言えば、ここの医局員の中で一番多い。

鳥集 教授なのに、よく働いておられますよね。それでも、先生ご自身としては、医師になってよかったなと思いますか。

岩波 うーん、組織を離れても自分でやっていけるという安心感はありますね。

鳥集 そういうところは、医師という資格のよさですね。しかし今後は、日本の人口が減っていく一方で、医師数は増えていきますから、何十年後には「医師余り」の時代が来ないとも限りません。そうしたことも踏まえ、先生はどういう人に医学部に来てもらいたいと思いますか。

岩波 僕としては医師にも色んな人がいた方がいいと思うんです。ASDでも研究の道をめざせばいいし、経済的な安定を求めて来るのも悪くない。ただ、現実をみると医師の仕事はかなりハードワークなので、まずはタフで頑張れる人でないと向かないとは思います。

鳥集 医師の中には仕事がハード過ぎるうえに、人間関係がうまくいかなくて「燃え尽き症候群」になる人やうつ病になる人が多いという話もよく聞きます。

岩波 それはあります。とにかく叩かれますからね。上から叩かれ、スタッフから叩かれ、患者から叩かれ……。けれどもある時急に風向きが変わることもあるので、辛抱強さは必要です。

鳥集 医学部をめざすなら、フィジカルもメンタルも強くないとダメってことですか。

岩波 そうです。やはり困難があっても頑張れる人──そういう人が、医学部に向いていると思います。

岩波 明(いわなみ・あきら)
昭和大学医学部精神医学講座主任教授(医学博士)。1959年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院などで臨床経験を積む。東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学精神医学教室准教授などを経て、2012年より現職。2015年より同大学附属烏山病院長を兼任、ADHD専門外来を担当。精神疾患の認知機能障害、発達障害の臨床研究などを主な研究分野としている。著書に『大人のADHD もっとも身近な発達障害』(ちくま新書)など。

鳥集 徹(とりだまり・とおる)
ジャーナリスト。1966年兵庫県生まれ。同志社大学大学院修士課程修了(新聞学)。会社員、出版社勤務を経て、2004年から医療問題を中心にジャーナリストとして活動。タミフル寄付金問題やインプラント使い回し疑惑等でスクープを発表してきた。15年に著書『新薬の罠 子宮頸がん、認知症…10兆円の闇』(文藝春秋)で第4回日本医学ジャーナリスト協会賞大賞を受賞。

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